居場所


日野平葵はただ真っ直ぐに前だけを見る人だった。
ただ前だけを見つめ、よりよい未来を目指す人だった。
自らの信じる正義の為に、命さえも落とす覚悟があった。
彼女は己の正義を信じていた。己を信じていた。人を信じていた。
日野平葵はまた、努力の人でもあった。人を守る為に努力する人だった。
自らの力を高め、強くあろうとし、そして実際彼女は強かった。その力を崇められる度に、彼女は首を横に振る。
「私などまだまだだ」と。
強くあらねばならなかった。それが彼女の生きる価値だから。その為に生きているから。そうしなければ生きられないから。
だから、日野平葵は人の為に生きてきた人だった。


対してアーク・ハリントンは己の為に生きる人だった。
他人の為に命を張るなど馬鹿らしいと鼻で笑い、訓練に励む同僚達を冷ややかな目で見ていた。
それでも彼は強かった。強いが故に、人の弱さが分からない人だった。何故そこまで強くなりたいのかが分からなかった。
「守る為だ」
葵は言った。
「守る為に、強くなりたい。それだけの事だ」
それでも彼には分からなかった。結局自分を守るのは自分だと思うから。
だからアークと葵は反りが合わない。
葵はアークに「真面目になれ」と言い、アークは葵に「女らしくしろ」と言う。
毎日毎日飽きもせずに喧嘩をする2人を、それでもリュートは「2人って本当にそっくりだよね」と言って笑う。
「どこが!」と2人同時に叫び、リュートは一層大きく笑ったものだ。



そのリュートはもう居ない。
そして葵とアークは共に居た。



3人で居た日々とは違い、2人だけの日々は何処かぎこちない。
喧嘩をしても、仲裁をしてくれる人が居ない。
険悪な雰囲気になっても、その空気を紛らわす人が居ない。
いつも側にあった笑顔がない。
それはとても寂しく、けれど決してその穴を埋めようとは思わなかった。
そこに居るべき人はたった一人だから。そこは、彼の場所だから。
けれど。
こんな事態になってしまえば、その穴を埋める人を求めてしまうのも無理もない事だった。


事の発端が何だったのか、正確には分からない。
しかしそれは、こんな一言だった気がする。

「葵って、まだかえりたいのかしら」
ふと呟かれたアクアの言葉に、アークは何を馬鹿な事を、と鼻で笑おうとしたが、
「それは、やっぱり帰りたいんじゃないんですか?」
「……何でだよ」
憮然とした表情でマリンに聞き返す。
「え?やっぱり故郷ですから、帰りたいのが普通なんじゃないでしょうか。私も島に帰りたいと思う時もありますし、葵さんの場合は故郷と何もかも違う所に来てしまったわけだから、余計に」
「それにくわえてこんな彼氏がいたんじゃかえりたくなるのもむりないわね」
「どういう意味だそれ!」
「そのままのいみよ」
「何ぃ〜〜!?」
「あわわ!喧嘩はダメですよ2人とも!」
マリンに間に入られ、渋々追求を止める。命拾いをしたなとばかりにアクアに視線を投げかけると、バーカと唇だけを動かし告げられる。
思わず怒鳴りつけそうになるが、
「でも、やっぱりそれは葵にきいてみなきゃわからないことよね」
「そうですねぇ」
うまく話題をすり替えられる。
「そんなの聞かなくても分かってるだろ」
「え?」
驚くマリンを見つめながら、アークは自信満々で言い切った。
「なんてったってこの俺が居るからな。帰りたいわけねぇだろ」
しかしマリンとアクアは微妙な表情で顔を見合わせ、
「……はぁ」
「……それはまたおめでたい発想ね」
「……何だよその反応は」
明らかに馬鹿にしたような顔でアクアは答える。
「そんな事であきらめられるのなら、葵だってくろうしないわ」
「だからどういう意味なんだよそれは」
「わからないのならそれでもいいんじゃない?それでも葵はここにいるのだし」
それ以上は答える気がないのか、何を尋ねてもはぐらかすような言葉と、馬鹿にしたような顔しか返ってこなかった。



その時点でアークはその言葉をさして気にする事はなかった。アクアの態度にはそれなりに腹が立ったがそれがアクアという少女なのだし、いちいちそんな事を根に持っていたらキリがない。
そしてアークにはある計画があった。それが成功すれば葵も故郷の事を思い出さずとも生きていけると信じている。何の心配もなく、ただ幸せに。
もっとも人生とは甘いものではない。そんなに上手くいく筈はなかったのだ。



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