夕暮れの道を歩く。伸びた影法師を踏まないように、ゆっくりと。
この沈黙が怖い。何か喋らないだろうか。自分で何かを言う勇気は無かった。
今更ながら後悔する。結果上手くいったからいいものを、普通ならば怒られて当然だ。アークはきっと怒っているのだ。だからこうして黙り込んでいるのだろう。
不意にアークが立ち止まり、悶々と考え込んでいた葵はその背中に激突しそうになった。
「ど、どうした?」
恐る恐る尋ねると、アークは大きなため息をひとつ吐いた。
「……お前さあ」
「何じゃ?」
「本当に説教かますか?普通」
呆れたように放たれた言葉。息が詰まる。
本当に、とんでもない事をやらかしてしまったと思う。
結婚の許しを請いに来たというのに、アークの両親はさぞ驚いた事だろう。とにかく緊張しきっていた葵は、勢いに任せてアークがいかに無礼な男かを延々と話し始めたのだ。3人の呆気に取られた顔を思い出し、顔から火が出そうになる。
「……す、すまぬ」
消え入りそうな謝罪の言葉を聞き、アークはもう一度ため息を吐いた。
こんな事ならばいつも服を着てくればよかったのだろうか。この服は自分には似合わないし、スカートは動きにくい。何よりいつもの自分ではないように思えた。だからあんな行動をとってしまったのだ。そうに違いない。
本当はもっと上手くやろうと思っていた。結婚の許しを得、出来たら気に入られて、本気で説教をしようなどとは思っていなかったのに。
「……緊張とは恐ろしいものじゃのう」
「緊張であんな事を言い出すのはお前だけだ」
しみじみと呟いた言葉にアークは呆れ顔でそう返す。
しかしすぐににんまりとした笑顔になり、葵の顔を覗き込んだ。
「でもま、あれは嬉しかったけど」
「……あれ?」
あれとは何だ。何かこの男を喜ばすような事をしただろうか。考え込む。
「自分で言った事なんだから責任持てよ?」
「責任?」
更に考え込み、ようやくそれに思い当たった。
延々と喋り続け、最後に言い放った言葉。




つまりこんなに無礼な男の面倒を見れるのは私しかおらぬのじゃ!一生面倒を見てやるから安心するがいい!



「あ、あれは……」
顔が赤くなる。
緊張から出た言葉である。しかし確かに言った。言ってしまった。
この言葉にアークの両親はいたく感動し、葵の事をすっかり気に入ってしまったらしい。つまりこの言葉のおかげで上手くいったのだ。それについてはよかったと思う。思うがよくよく考えてみるとよくもこんなに恥ずかしい台詞を言ってしまったと後悔の念がぐるぐると渦巻く。
「一生面倒見てくれるんだよな?」
からかうような口調。思わず視線を逸らす。
「俺も一生面倒見てやるよ。こんなに世間知らずな奴の面倒見れるのは俺だけだ」
「失礼な。以前よりは色々知っておるぞ」
「前よりは、だろ。まだ充分に世間知らずだよ」
「そうかのう」
「そうだ。お前には俺が居なきゃダメだ」
「逆ではないのか?」
「それもあるな」
今が夕暮れでよかった。こんなに顔が赤いのは夕陽の所為だと言える。
「俺にはお前が必要だ」
そう、だからこれも夕陽の所為なのだ。




夕暮れの道のふたつの影法師。背の高い方が背の低い方に顔を寄せる。背の低い方は動く事なく、それを受け入れた。





ふたつの影が、ひとつに重なった。


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