|
その時あいつが何を考えていたかなんて、全く分からなくて。 ただその曖昧な笑みが、頭から離れなかった。 幻の少女 誰だったのか。 何だったのか。 心に空いた空虚。 それを埋める方法だけを探している。 「こんにちは〜」 「あれ?マリンさん、どうしたの?」 「あ、リュートさん。この間借りた本を返しに来たんです」 「へえ、誰に借りたの?呼んでくるよ」 「ありがとうございます。えーと……あ、あれ?」 「どうしたの?」 「……誰だったっけ……」 「え?」 「ご、ごめんなさい。ど忘れしちゃったみたいで……あの、確か女の人だったと思うんですけど……」 「え?騎士院には女の人は居ないよ?」 「そ、そうですよね。ごめんなさい、勘違いだったみたいです」 時折感じる違和感と、そんな時に必ず脳裏によぎる少女の姿。 どんな姿をしているのか、どんな顔をしているのか。 確かにその姿を見たはずなのに。 何ひとつ分からなくて。 けれどそんな時は必ず……胸が痛んだ。 「……最近、アーク元気ないね」 「うん、そうだね」 「どうしたのかしら」 「僕達にできる事はないよ」 「つめたいことを言うのね」 「そうかな?……あいつ、助けて欲しい時はそう言うけど何も言わないのはきっと、僕達に立ち入ってもらいたくない事なんじゃないかな?」 「……そうなのかしら?わたしにはなんだか……」 「なんだか?」 「アーク自身もよくわかってないことのように思えるわ」 幻。 幻なのかもしれない。 虚像。 そうであったら良かったのに。 この胸を締め付けられる様な切なさと、どうしようもない悲しみも消えるのに。 心に空いた穴も無くなるのに。 「アーークーーー?」 「げ、何だよリュート」 「いいかげんにしなよ!!最近サボりすぎ!!ソロイ様、怒ってたよ」 「……マジ?」 「マジ。神殿に出頭してくるように、だって」 「げーーーーー面倒くせーーーーーー」 「今度こそ本気でヤバいんじゃないの?はい、支度してくる!!」 「へーーい」 「えーっと、アレ持ったし。あとは……っと、……ん?」 机をがさごそと探っていた時。 それを見つけた。 「……何だこれ」 それは一枚の紙切れだった。 薄っぺらい、何の利用価値もないような。 けれどそれを何気なく裏返したその時。 全身が総毛立つ感覚と同時に、思考が停止した。 写真。 その紙切れは写真だった。 随分前にユニシスに撮ってもらった写真。 あの時撮ったのはアーク一人だった、そのはずだ。 彼の記憶ではそうだった。 けれどその写真には、彼と共に。 ……一人の少女の姿があった。 (これって……) 思い出したくても思い出せない。 彼女の姿がそこにはあった。 幻の少女の姿が。 気が付けば走っていた。 「ちょ……っ!アーク!!どこ行くの!?」 叫ぶリュートの声も無視して。 ただ走る。 魔法院へ。 (どうしてあの時ユニシスに俺を撮ってもらったのか) (どうして俺がユニシスを撮らなかったのか) (考えたか?考えたのか?) (くそ……!!あんたは誰なんだ!?) 「ユニシスーーーーーーー!!!」 「な、何だよ!?騎士院のヤツは出てけ!!」 「うるせぇ!!ちょっとこれ見ろ!!」 「はぁ?何だよこれ」 「うるさいわね。なにをさわいでいるの?」 「アクア!!お前も見てみろ!!」 「……なに?これ。アークと女の人がはいってる」 「写真っていって現物がそのまま絵になるもの、だっけ?またあの機械作ったのか?」 「作ってない。お前にやったのしか作ってない」 「じゃあこれいつ撮ったんだよ?」 「あの時お前に撮ってもらったヤツだと思う」 「はぁ?あの時はお前一人だったじゃん」 「……ゆうれい?どろん」 「な……!!ば、馬鹿な事言うな!!幽霊なんて居るワケないだろ!?」 「こわいの?ユニシス」 「怖くねーよ!!」 「……まあそういう事にしといてあげる。それにしても、きれいなひとね」 「でも変な服」 「アークにすてられて呪いをかけにきたんじゃないの?」 「でも、そういう感じじゃないよな」 「お前らさ、こいつに見覚えないか?」 「しらない人」 「だよな、オレも知らない」 「そう、だよな……。悪い、邪魔したな」 「??なんだったのかしら?」 「さあ」 理性は言う。 こんな女なんて知らない。知っている筈がないと。 感情は叫ぶ。 知らない筈はない。お前は確かに彼女の事を思っていたと。 「何なんだよ……ちくしょう……」 木にもたれかかり、そう呟く。 頭が酷く痛む。 忘れていろ、そう言っているのかもしれない。 忘れてしまえば楽になれると。 「…………っ」 頭痛が激しくなったその時だった。 指先の力が緩んだその時。 風が吹いた。 強い風だった。 薄っぺらい紙切れなど、飛んでいってしまった。 その位強い風だった。 残されたのは、呆然と佇むアークだけで。 感情が火を噴き、あっけなく激昂した。 「…………何でだよ!!!」 疑問だけだった。 思い浮かぶのは疑問だけで。 だから、頬を伝う液体が何なのか考えなかった。 「何で!!何でなんだ!!やっとあいつの姿を思い出せたのに!!」 その言葉の意味を考えなかった。 ただ感情に任せ、叫ぶ。 「…………葵…………」 聞きなれぬ名前。 けれどそれはいつもいつも言っていた様に、するりと口からこぼれ出た。 そしてその名前を言った途端に、彼女と共に過ごした時間。 それが頭に浮かんでは消えた。 「葵……!!葵……!!」 考えたくなかった。 その言葉の意味も、何故自分が泣いているのかも、頭に浮かぶ映像も。 ただ呼ばせてほしかった。 覚えているうちに、その名を。 さっき写真で見た筈なのに。 今彼女との時間を思い出している筈なのに。 彼女の顔はもう思い出せなかった。 だからせめて。 名前くらいは。 覚えている間に。 「……葵!!!」 最後に思い出したのは、こんなやり取りだった。 「お前さ、やっぱりまだ帰りたいの?」 「そうじゃのう……」 彼女は少し考えた後、こう言った。 「おぬしはどうして欲しい?」 「は!?」 「おぬしは私に帰ってほしいのか?」 「…………」 真っ直ぐに見つめる瞳が気恥ずかしくて。 心にもない一言を言ってしまった。 「そりゃあな。面倒事が無くなってせいせいするぜ」 思春期の子供みたいな反応だ、と後悔する。 怒るか、殴られるか、そのどちらかだと思った。 だけど。 そのどちらでもなかった。 「そう、か……」 そう言って、曖昧に微笑むだけだった。 その時お前が何を考えていたかなんて、全く分からなくて。 ただその曖昧な笑みが、頭から離れなかった。 最後に聞こえた言葉は一つ。 「……ならば仕方なかろうな」 おぬしがそう望むのなら、それは仕方のない事なのだろうな……。 幻は幻として、消えていった……。 |