名前



「葵」
その言葉を放つと、彼女はこちらへ顔を向ける。
……とても不機嫌な顔で。
「……呼び捨てはやめろ」
「どうして?いいじゃない、夫婦っぽいし」
「気色悪いわ!!」
「うわ、ひど」
「……とにかく、呼び捨てにされるのは気分が悪い。他の呼び方を考えろ」
「他、他ねぇ……」
うーん、うーんと唸り、シリウスは考える。
……真剣であるかどうかは不明だが。
「じゃあ葵ちゃん!」
「余計悪い!!」
「アオイチャーン」
「止めよと言うておる!!」
ボビーを取り出しふざけだすシリウスを殴る。
「君、不満が多いよ。私がこんなに一生懸命考えているのだから少しは譲歩したらどうだい?」
「ソウダソウダー!」
「呼び捨てもちゃん付けも気に食わぬ。私が気に入る様な呼び方を考えよ」
「はいはい、分かりましたよお姫様」
「……姫も却下じゃ」
「ええ〜!?いいじゃないか別に〜」
「やかましい!!却下と言ったら却下じゃ!!」
「わがままだな〜もう」
「元はと言えばおぬしが悪いのではないか!!」

……そう、事の起こりはシリウスの何気ない一言だった。
「私たちは夫婦だよね?」
「そうだが?結婚式も挙げたであろう」
そう、それはそれは盛大な結婚式であった。
葵は結婚式などやらなくてもいいと言ったのだが、シリウスが譲らなかった。
葵はこちらの結婚式の事など全く知らなかったのでシリウスに任せていたら、いつの間にか国中を挙げての大騒ぎとなっていたのだ。
(あの時の事は思い出すだけで恥ずかしい……)
だが、同時に幸せでもあった。
「だったらいつまでも葵殿、シリウス殿じゃおかしいじゃないか」
「どこがおかしい。別によいではないか」
「よくないよ〜。ほら、夫婦なら色々と呼び方ってものがあるじゃない?ダーリンだとかハニーだとか」
「…………私は間違ってもそんな呼び方はせぬぞ」
「ええ〜?なんで〜?」
「嫌だと言ったら嫌じゃ!!」

こうして互いの呼び方についての討論が始まったのである。

「本当に難しいな〜、君は」
「難しくなどない。おぬしが非常識なだけであろう」
「ええ〜?何処が〜?」
「全部じゃ全部!!……まったく、自覚がないのがいかん」
「子供だも〜ん」
「やかましいわ!!」
ぶうとふてくされるシリウス。
「君だって何かいい案を出してくれればいいじゃないか」
「私は今まで通りでいいと思っておる。新しい呼び名など気色悪くてたまらん」
「……結局私一人で考えなければならないのか……」
「当たり前だ」
「本当に何かいい案はないものか……」
ぶつぶつと呟きはじめる。
(今度こそ真面目に考えるか?)
期待をこめてシリウスを見つめる。
口ではああは言ったものの、葵も違う呼び方をするのもいいと少しだけ思っている。本当に少しだけなのだが。
「ああ!!これだよ、これ!!」
突然大声で叫び、葵の方を向く。
「な、何だ。言うてみよ」
「ああ、何で今まで思いつかなかったんだろう。これほど夫婦ぽくて君が気に入ってくれそうな呼び方、他にないよ!!」
シリウスがこれだけ自信を持っているのだ。葵の期待も高まる。
期待に満ちた目でシリウスの口を見つめ、その言葉を待つ。

「葵さん」

「葵……さん?」
随分とまともな呼び名だ。それどころか……。
(葵さん……。葵さんか……)
彼女は気に入ったのだ。とても。
「うむ。それなら別に呼んでもよい。許そう」
「本当!?」

こうして新婚夫婦は夫婦らしい呼び名を手に入れたのだった。




あとがき

書いても書いても終わらなくてどうしようかと思いました……。
この二人はなんだかんだ言いながらバカップルだと思います。ええ。



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