恋の病




「あ、あの。私、前から先輩の事……。好き、なんです……」



「あー、ごめん。俺彼女居るから」




全くもって見事なものだった。
あっさりと放たれたその言葉に、彼女はただただ呆然とその場に立ち尽くすしかなかった。





「いやあ、本当に見事な振られっぷりだったな。驚いた」
「うるさい黙れ!!」
そうしみじみと呟く冬紀を大声で黙らせ、由美は再び膝を丸めた。
「つかさ、早く帰ろう。今日見たいテレビがあるんだよね」
しかし冬紀はそんな事は気にも留めず、飄々とした口調でそうのたまった。
「一人で帰れ馬鹿」
「やだ」
由美と冬紀はいわゆる幼馴染という関係であり、今でも一緒に登下校をしている。
幼稚園の頃はお手々繋いで仲良く歩き、小学校高学年になれば恥ずかしいから一緒に帰りたくないという由美の主張をハナから無視し、中学生になれば少しは冬紀にも恥じらいが出てくるだろうという淡い期待はすっぱりと裏切られ、もう冬紀にそんなものを期待するだけ無駄だと悟り今に至る。
しかしいくら冬紀の配慮に欠ける物言いに慣れていると言っても、今この時くらいは放っておいて欲しかった。



……せめて、失恋したその後には。



その事にもう一度思い至り、由美は顔を膝に埋めた。
思い出すのは彼の事。
数時間前に密かな思いを打ち明け、そして拒絶された、彼の事。
彼はいつも優しかった。
いつも由美の事を助けてくれた。
しかしそれが由美だけに対しての行動ではないと知った時、落胆はしたものの彼らしいなと思ったのだ。
そして、知った。
彼への自分の思いを。
初めは眺めていれば幸せで、しばらくすれば彼が他の女と話しているのを見ると機嫌が悪くなり、積極的に話しかけるようになり、いつも彼の事を考えるようになった。
そして、遂に我慢が出来なくなった。
彼に自分の思いを伝えたい。
多分無理だろうけど、絶対に無理だろうけど、先輩に自分の気持ちを知って欲しい。うまく行けばラッキーだ。その時に自分の運は使い果たされるだろう。ダメでも、先輩に私の記憶が刻まれる。「自分に告白して来た女の一人」という記憶が刻まれる。ああ、でもそんなのやっぱり嫌だな。その他大勢の女になるのは嫌だな。やっぱり勇気を出して告白したんだから、先輩の「大切なヒト」になりたい。そうだ、その為に告白するんだから。私の思いを告げるんだから。



私は、先輩の彼女になりたい。



そんな事を考えながら、下駄箱に手紙を投げ入れるという古典的な手法で呼び出した彼を待っていた。
そして結果は、
「見事に玉砕だもんなー。一年越しの片思いを知る俺としちゃー、由美が身投げなんかしないか心配で心配でたまらんわけよ」
「そんな事しないわよ!!」
どうして冬紀は自分を放っておいてくれないんだろうか、と由美は不思議に思う。
やっぱり嫌がらせなのだろうか。
「……私は、いっぱい泣いて、大声で叫んで、そしたらそれで元気になるから。だから、私の事は放っておいて」
それは冬紀を遠ざける為の言葉ではあったけど、事実そうするつもりだった。
やっぱり少しは引きずるかもしれないけれど、それでも泣いたり叫んだりをしないのとでは大分違うと思うのだ。
「由美、一つ忘れてる」
「は?」
「先輩への怨み辛みを言う事を忘れてる」
「……はぁ!?」
いきなり何を言い出すのだろう、この男は。
そう思い冬紀を見つめるが、その顔は真剣そのもので。
「な、何で私がそんな事しなきゃなんないの!?」
「そりゃ振られたから」
「振られたからってそんな、先輩に責任を転嫁するような事しないわよ!!」
「何で?」
「私は先輩の事が好きなんだから!!そんな事するわけないじゃない!!」
「振られたのに?」
「………ッ」
言葉に詰まる。
それは、事実だから。
「由美は何も悪くないのに。由美はこんなに先輩の事を好きなのに。そりゃまあちょっと胸は少なくて性格もすこーし悪いけど」
「……最後はちっとも褒めてないじゃない」
「それでも。由美はこんなに可愛いのに」
そう言うと、冬紀は由美を抱き締めた。
由美は自分の顔が赤くなるのを感じる。
いきなり何を。
そんな疑問がぐるぐると頭を駆け回る。
「……ていうか、こんなトコ見たら瑞穂が怒る」
瑞穂、というのは冬紀の彼女の名前である。
由美とも仲が良いけれど、普段から由美と冬紀が一緒に帰る事をあまりよく思っていない彼女だ。
こんな場面を見られたら怒り狂うに決まっている。
「瑞穂は居ないからいいの」
「………」
「よしよし」
逃れようにもあまりに力が強くて、されるがままに頭を撫でられる。
「由美は何も悪くない」
その言葉を引き金に、



「う、うぇぇ」



由美は大声で泣き出した。





「……今日は、ごめん」
すっかり暗くなった道をとぼとぼと歩きながら、由美は泣き腫らした目をしてぽつりと呟いた。
「何が?」
「何が、って……」
改めて問われると、自分は何を謝りたかったのか分からなくなる。
帰りが遅くなってしまった事。いっぱい怒鳴ってしまった事。

冬紀の胸で、泣いてしまった事。

「……今日、見たいテレビあったんでしょ」
思わずそんな言葉が出てしまう。
「あー、いいいい。あれさ、どうせ再放送やるから」
「何で」
「国営放送だから」
「………」
思わず立ち止まる。
なんじゃそりゃ、とは言えなかった。
「んー?どーした由美?」
振り返った冬紀の顔を見ていたら何だかおかしくなってきて。



「何でもない」



そう笑顔で言ってやった。



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