取り戻せないもの



その真っ直ぐな瞳が、ただ恐ろしかった。







最近、騎士院の連中が集団で記憶喪失になった。
冗談の様な話ではあるが、事実である。
いや、記憶喪失なんて大げさなモノではないのかもしれない。
が、全員が全員「誰かを忘れている」と。
そう思っていた。
それは或いは思い込み。
誰かが言い出した一言。

「……なあ、誰かが居ないような気がしねぇ?」

賛同の声がどんどん上がっていく。
元からそういう思いを抱いていた者ももちろんいたが、「そう言われればそんな気がする」、「皆がそう言うならそうかもしれない」、「そんな事が頭を過ぎった事は無いが、とりあえず同意しておこう」等、等、等。
そのうちの一人が、やがてこんな事を言い出した。

「居なくなった誰かは魔法院の奴等に消されたのだろう。そしてついでに俺達の記憶も綺麗さっぱり消し去った。そうすれば誰も居なくなった事には気付かないし、奴等の悪事も永遠にばれない」

魔法院は本当に陰険な奴等だ、と全員が納得する。
そしてこれから魔法院へ行き、真相を突き止めようと言い出した。
もちろん全員が賛成した。
何だかんだと理由をこじつけ、大きな顔をしている魔法院を痛い目に遭わせてやろう。
彼らの本心はそんな所だろう。
ぞろぞろと列をなし、騎士達が歩いて行く。
「待って」
「何だよ、リュート」
その騎士達を止めたのはリュートであった。
「何の確証もないのに疑うのはよくないと思うけど」
「確証なんてなくても答えは分かりきってるだろ?」
魔法院が絶対悪。
それが彼らの真実。
「確かに魔法で人を殺す事は可能だろうね」
「ほらみろ」
でも、と言葉を続ける。
「記憶を消すなんて事、魔法でもできないと思う」
「……そうなのか?」
「うん。もしかしたらそういう魔法もあるのかもしれないけど、でもこの人数の記憶を消すなんて事は不可能だと思う。魔法院は人も少ないし」
「でも、だったら何で……」
「思い込みだろ」
第三者の声。
アークだった。
「馬鹿じゃねえの、お前ら。一体誰が居ないっつーんだよ。全員居るじゃねぇか。名前だって分かる。これ以外の人間は騎士院には居ない」
全員が押し黙る。
「……ったく、これだから馬鹿は嫌いなんだ」
そう一言残して、アークは部屋から出て行った。







「アーク!!」
呼び止めたのはリュート。
アークは振り返らなかった。
「待ちなよアーク!!」
「何だよ」
それでも振り返らない。
「大丈夫?」
「何が」
「何がって……」
言いよどむ。
「何か、疲れた。サボるから言い訳しといて」
「ちょ……っ!!アーク!!」
それだけ言い残して、アークは遂に振り返らなかった。
歩いていく。
その背中が見えなくなるまで。
「本当に……大丈夫なのかな」
リュートは知っている。
誰かが居なくなった。
その事を一番感じているのは彼なのだと。
そしてリュート自身も。
思い出したかった。
だけど、思い出してはいけないとも思っていた。
その役目はアークなのだと。
時折、彼を殴り飛ばしてでも思い出させるべきだと思う事がある。
何となく分かる。
自分はその誰かがとても好きだったのだ。
好きで好きで好きで。
だけど同時に恐ろしかった。
その瞳で、その真っ直ぐな瞳で。
自分の全てを見られてしまう気がして。
自分には荷が重すぎた。
だから、アークと付き合うべきだと思っていた。
それは諦め。
だけど、諦められる様な、そんな簡単なモノだったのだろうか。
「…………」
頭が痛い。
そして心も。
だけどダメだ。
これはアークが思い出すべきものなのだ。
自分ではダメなのだ。
だから。


この胸の痛みも、頬を流れる液体も、全て忘れなければならないのだ。



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