支持率向上計画




議会制度が発足してから随分と時が経った。発足当時の慌しさは既に過去のものとなり、議会の中心を担う三人の少女たちものんびりとした時間を過ごせる事が多くなってきた。
そんな秋の日の事であった。
「議会制度の支持率が40%を切りました」
やけに深刻な顔をしたプルートが、そう話を切り出したのは。
仕事の合間を縫って茶会に勤しんでいた三人娘――議長のマリン、副議長の葵、書記のアクアの事である――は、突然の闖入者に目を丸くする。
マリンはティーカップを手にしながら、葵は二個目のケーキに手を伸ばしながら、アクアはフォークで捕らえたケーキを頬張りながら、プルートと、その少し後ろに控えるソロイを見つめる。
「えっと、それがどうかしたんですか?」
少し首を傾げながら、マリンが尋ねる。何故いきなり支持率の事を言いにきたのかが分からなかったからだ。
「由々しき事態です。アロランディアの歴史上類を見ない低さです」
淡々とソロイが答えると、葵は眉根を寄せながら口を開く。
「なんじゃ、以前はどれくらいだったのじゃ?」
「90%以上を維持しているのが当然でしたね」
「あらあらまぁまぁ、異常なすうちね……」
もぎゅもぎゅとケーキを飲み下し、アクアも口を挟む。
「いまのすうちは正常だと、わたしは思うわよ。きぞんの制度をこんていから変えたのだから、むしろそれだけの支持率がある事をありがたくおもわなきゃ。もっとはんぱつされる可能性だってあったでしょう?」
言い終えるとアクアは柔らかなスポンジにフォークを突き立て、再びケーキを頬張った。その姿を微笑ましそうに見つめながら、葵も言葉を続ける。
「そうじゃな、神の加護を失ったのだと、そう思う者も多かろう。神や星読みを心の拠り所にしていた者達にとっては今の制度は受け入れ難い筈。プルート殿に力がない事すら受け入れられぬ者が居るのもまた事実だ。だが、その人数が思ったよりも少ない事は喜ぶべきじゃな。その数値は誇って良いものであると、私も思うぞ。おぬしらは一体何をそんなに辛気臭い顔をしておるのじゃ」
「皆さんは楽観的すぎます!」
プルートは悲痛な顔で鋭い声を上げる。マリンも、葵も、アクアも、その様子に驚いた。
プルートがこれだけ声を荒げる様子など、見た事がなかったからだ。珍しすぎるその様子にマリンが慌てだした。立ち上がり、見るからに混乱した様子でわたわたと動き回る。
「プ、プルート様っ、あの、一緒にお茶でもどうですか!?」
「え?お、お茶ですか?」
混乱しながらマリンが放った言葉に面食らったのか、プルートは目を白黒させながら問い返す。
「はい!甘いものを食べれば元気が出るかもしれませんし、お話をするのならお茶を飲みながらした方が良いと思うんです。あ、よろしかったらソロイさんもどうですか?」
朗らかに告げられた言葉にぎょっとしたのは、葵とアクアだ。
「お、おいマリン殿……!」
「あなた、ものすごいちゃれんじゃーね……」
「は、はい?」
何がなんだか分からないといった面持ちでマリンは首を傾げるが、葵とアクアの顔は渋い。ふたりとも、ソロイの事はいまだに苦手なのである。決して嫌いなわけではない。言葉を交わし、交流も深め、彼という人となりを知り、その何処にも嫌いになる要素はなかった。
しかし、だからこそ、苦手なのである。仕事に関しては有能だ、それは認めよう。だが、プライベートで付き合いたい人間かと問われれば答えは否だ。彼は生真面目すぎるし、冗談も通じない。葵は主に前者の理由で、アクアは主に後者の理由で、それぞれソロイを苦手にしていた。一緒にお茶をするなど、想像するだけで気分が重くなってしまうのだ。
しかし、そんなふたりの胸中を察するような能力をマリンは持ち合わせていなかった。
星の候補時代から神殿で暮らしていたマリンは、他のふたりよりもソロイと接する機会が多かった。色々と守られる事も多かったし、無表情の下に隠れた感情の起伏が意外に大きい事も知っている。マリンはソロイに感謝と親しみの念を持っているのだ。葵とアクアのソロイに対する心象を理解する事など出来るわけがなかった。
流石にソロイ本人の前で「苦手」だだの「一緒にお茶など飲みたくない」などと言う事も憚れたのだろう。葵とアクアはそれ以上意義を挟む事もなく、プルートとソロイという珍しい面子を加え、茶会は再開されたのであった。
音を立てずに茶を飲む事がいまだに苦手な葵は、苦心しながらティーカップを傾ける。少しも音が出なかった事に満足したのだろう、うむ、とひとつ頷くと、プルートに視線を移した。
「それで、おぬしは何をそんなに気に病んでおるのだ?」
問われたプルートは、ゆっくりと視線を上げる。
「ふあんなことは全部ぶっちゃけちゃうといいわよ、プルート」
何個目になるかも分からないケーキを突つきながら、アクアもプルートに声をかける。
「わたしたちは国をおさめるのうりょくはまだまだ未熟。だから、あなたのアドバイスや意見はとてもさんこうになるのよ。長い間この国をおさめていた、他ならぬあなたの意見なのだから。だから、全部ぶっちゃけちゃいなさい」
プルートの目許が少しだけ緩み、口元に微かな笑みが浮かんだ。その唇で、ありがとうございます、と感謝の言葉が紡がれる。
けれどその言葉と共に笑みはすぐに消えてしまった。唇をぎゅっと引き結び、目には厳しい光が宿る。まつりごとを行う者の顔つきだ。
自然、三人の顔も引き締まる。マリンと葵はティーカップを、アクアはフォークを置き、真剣な目でプルートを見つめる。
そんな三人の様子を見つめながら、プルートは口を開いた。
「皆さんは楽観的すぎると、私は思います。あなた方は町に流れている噂を知っていますか?」
「噂……ですか?」
マリンは小首を傾げる。全く心当たりがなかったからだ。他のふたりは何か知っているだろうかと目線を向けてみるも、葵もアクアも静かに首を横に振るだけである。
「町に行く機会など、最近はあまり持てぬからな。噂など耳に入ってはこぬぞ」 「わたしも、おなじ。前よりはマシになったけど、やっぱりまだまだ忙しいしね……。魔法院にかえっても、ほかのひとと話すひまさえなく、寝てしまうことがおおいし。そんな噂を聞くきかいなんてないわ」
「そうですか……」
二人の言葉を聞いたプルートは思案するように視線を落とす。カップを満たす琥珀色に、紫と緑の左右非対称の色合いの瞳が注がれる。
「あの、プルート様、どんな噂が流れているんですか?」
最初に耐え切れなくなったのはやはりマリンだった。揺れる瞳をプルートに向け、不安げな声色を隠そうともせずにそう尋ねた。
「……星の娘は、いまだ民の心から消えずにいます」
プルートはマリンを見つめ、はっきりとそう告げた。
その言葉の意味を掴みきれないマリンの瞳は、更に揺れた。困惑していたからだ。それは葵もアクアも同様であった。彼女達は戸惑うように互いの視線を交錯させる。
「あなた方を星の娘として見ている者達が、町には大勢いるんです」
「どういうこと?」
アクアが厳しさを含んだ声音で尋ねる。その瞳にも厳しさが宿っていた。それを真っ直ぐに見つめながら、プルートは言葉を続ける。
「私に星読みの力がなかったからといって、あなた方も偽者だという証拠があるわけではない。神をあなた方の中に求める者達が、町には大勢いるんです。今もまだここが神の島であると信じている人達が、大勢」
三人は思わず息を飲んだ。
「それは……」
「厄介、だの」
神秘から脱却しようともがく神の国。それを受け入れられない者達が大勢出るであろう事は予想していた。その数が思っていたよりも少ないと彼女達は認識していたのに、実態はその真逆だった。そして彼女達はそれを全く知り得なかった。だからこそ厄介なのだ。
「ねぇ、もしかして議会制度をしじしているひとたちって……」
はっとしたように声を上げたアクアに、ソロイがひとつ頷く。
「ええ、主にあなた方を神と崇める者が殆どです」
「やっぱり……」
そう口にしながら、アクアの顔はみるみるうちに不機嫌そうな色に染まっていった。彼女はこの場の誰よりも、この事態を深刻に見ていた。
自分達を神として見ている。それはあながち間違いではないのだ。それはアクア自身が一番よく分かっていた。自分はかつてそいう存在だったから。けれど、今の自分はただの人だ。人である事を選んだのだ。人としてこの国を変えていこうと思っていたのに、『人間』はそれを許さない。不愉快だった。憂慮すべき事態だ。
葵も額を指で押さえながら、弱りきった声を上げた。
「そして残りの60%は不支持、か。……改革とは、思ったよりも難しいものじゃのぅ」
形は違えど、不支持者達も神を求めているのだろう。星の娘ではなく、星読みを通して神を求めている。
神はいまだ、この島に根付いているのだ。その事を察した葵は頭が痛くなった。 「それで、プルート、ソロイ、なにか対応策はあるの?」
不機嫌そうな顔はそのままに、アクアが尋ねる。
まさかこのふたりが何の対応策も持たずにこんな話をすまいと、アクアは思う。アロランディアという国を誰よりも愛するこのふたりは、何がしかの対応策を練ってきている筈だ。
アクアの言葉を受け、プルートは真剣な表情でひとつ頷いた。
「要は、あなた達の神性を失くしてしまえば良いのだと思います」
「神性……ですか?あの、プルート様、私達にそんなものは元からないと思うんですけど……」
先ほどから首を傾げっぱなしのマリンの姿からは、なるほど神性のしの字も感じられない。
この国の頂点に立つ議長らしく、その身を包む服飾はどれもとびきり高価なもので揃えられている。けれど、その中身であるマリン自身は何処か垢抜けないままだ。ただの村娘以外の何者にも見えない。
「そうですね、貴方から神性などというものは全く感じられない。……ですがあくまで貴方だけです。アクア殿と葵殿は違います」
淡々と『あくまでも事実を口にしているに過ぎませんが何か?』とでも言いたげな口調で、ソロイはそう告げた。
「が、がーん……。そ、そんなにはっきり言わなくても……」
マリンはショックを受けたように目を伏せた。
ソロイの言葉は『貴方よりもアクア殿と葵殿の方がこの国を治める能力がある』と暗に告げているようにマリンには聞こえたのだ。
自分がこの国の頂点に立てるような器ではない事など、分かっているのだ。だからこそソロイの言葉は心を貫く刃と化した。
そんなマリンの様子を見、葵の眉は大きく釣り上がった。
「これ、ソロイ殿!おぬしはまたそのような配慮に欠ける物言いをしおって……!」
「……私は事実を述べただけですが」
叱られたソロイには反省の色が全く見えない。葵の眉はますます釣り上がる。
「言い方というものがあろうが!不用意に他人を傷つけてどうするのじゃ!」
「葵……それ、フォローになってない……」
葵の言葉はソロイの言い分を認めている事になる。アクアが思わず突っ込むと、葵ははっとし、恐る恐るマリンの顔色を伺った。
「いえ、いいんです、はい……」
そう口にしながら曖昧な笑みを浮かべるマリンに覇気はない。
「い、いや、マリン殿、おぬしからは確かに神性など欠片も感じられぬが、議長としての能力にそんなものは関係なかろう?おぬしはきちんと議長としての仕事を立派にこなしておるではないか。それは誇るべきものであろう?」
慰めているのか傷口を広げているのかよく分からない葵の言葉に、アクアは呆れた。本人は慰めているつもりなのだと思う。多分。
剣の腕も立ち、女性として初めて騎士の階位を取り、仕事も出来る葵は、しかし人間関係においては何処か不器用な一面を覗かせる。そういう不器用さはアクアにとっては好ましいものだった。焦ったように懸命に言葉を紡ぐ葵の姿は微笑ましくもある。
だが、その不器用さがマリンを傷付けてしまう事は避けなければならない。マリンの為にも、葵の為にもだ。
そう思い、口を開こうとしたアクアだが、結局は口を閉ざした。
マリンの顔を見らからだ。マリンはいつもと変わらない、柔らかな笑みを浮かべていたから。
「ありがとうございます、葵さん。平気ですよ、全然気にしてませんから」
マリンも、葵の不器用さを知っているのだ。だからこそ、その言葉を口にした。
「葵さんの言う通りですよね。神性なんて、議長としての能力には全く何の関係もない筈です。そんなものがなくたって、お仕事を頑張ればいいんです」
柔らかで温かなマリンの笑顔。それを目にし、葵もほっとしたような笑顔を見せた。
「ああ、その通りじゃ」
「……むしろ、今問題にしているのはアクア殿と葵殿の方ですしね」
空気の読めない男、ソロイがぼそりと口を挟んでしまった。
「でりかしーにかけるわよ、ソロイ……」
話は綺麗に纏まろうとしていたのに、何故水を差すような事を言うのか。恨みの念を込め、アクアはじっとりとした目でソロイを睨んだ。
しかしながら、ソロイに堪えた様子は全くない。
「そうですか。ですが、事実ですので」
変わらぬ無表情で、これまた変わらぬ淡々とした物言い。
「アクア殿と葵殿は良くも悪くも浮世離れしている。民はそういった差異に敏感です。相手が上に立つ者であれば、尚更に」
ソロイの言う通り、アクアと葵はそれぞれに違う、けれど何処か神秘的な雰囲気を纏っていた。アクアはその過去故に、葵はその出自故に、そんな雰囲気を作り出してしまうのだろう。
……まぁ、ふたりとも口を開けばそんな印象は遥か彼方まで吹き飛んでしまうのだが。民には知る由もない事実である。
「そんな事を言われてものぅ。私はこれまでもこれからも私以外の何者にもなれぬし、なるつもりもないぞ?一体どうすれば良いのじゃ」
「わたしも、そんなこといわれても困るわ。わたしはふつうに生きてるだけなのに。むりをして生きたくはないわよ」
ふたりとも、そういった評価は不服に思っているのだ。不満げに放たれた言葉に、プルートは得心しているとばかりに頷いた。
「ええ、皆さんに無理をして頂くつもりはありません。ただ、少し協力はして欲しいのですが……。アクアさんと葵さんだけでなく、マリンさんにも」
「え、私もですか?勿論構いませんけど……私に協力出来る事なんてあるんでしょうか?」
不安げな声を漏らすマリンに、プルートは優しく微笑みかける。
「ええ、マリンさんにしか任せられない、大切な役割です」
「わ、分かりましたっ。自信はありませんけど、精一杯頑張りますね!」
まだ何を任されるかも説明されていないのに、マリンはあっさり快諾してしまった。
「アクアさんと葵さんも、どうかよろしくお願いします」
「めんどうくさい事じゃなければおっけーよ」
「まぁ、内容にもよるが……プルート殿の頼みであるしな、出来る限りは協力しよう」
アクアと葵も、特に異論もなく受け入れた。
三人ともプルートには弱いのだ。幼い頃からこの国を統治し、導いてきた少年。その身に引き受けるには大きすぎる責務を文句のひとつも言わずにこなしてきた少年。その過酷さと苦しみを、三人はよく知っていたから。彼に代わりこの国を導く立場に立ってからは、三人とも余計にその傾向が強くなっていた。
「ありがとうございます、皆さん。皆さんに協力していただけるのなら、きっとこの案は上手くいく筈です」
「それで、具体的にはどんな案なんですか?」
マリンの疑問を聞き、プルートに顔に揺ぎない自信が浮かぶ。
なんと頼もしい顔をするのだろう。14歳の少年だとはとても思えない。人々の上に立つ者としてこれ以上の人物は存在しないとさえ思う。ソロイはプルートが星読みの座を捨て去った事を、改めて悔やんだ。
変声期前の高い、けれど何処か不思議な響きを持つ声音で、プルートは厳かに告げた。
「アイドル作戦です」
場が沈黙で満ちた。
その沈黙を、ソロイは畏敬から来るものだと受け取った。ソロイは空気が読めない男である。困惑からこの沈黙が生じた事など、理解出来る筈がなかったのだ。
「あい……どる?なんじゃそれは?」
沈黙を破ったのは葵だった。疑問符をその顔いっぱいに浮かべ、意味が分からないと訴える。
「アイドルって、人気者っていみよね?プルートはわたしたちを人気者にしたいの?いみないんじゃない?わたしたち、すでに人気者だもの」
アクアも珍しく無表情を崩し、プルートに問いかける。
「ええ、皆さんは確かに人気者です。ですが、その人気者の種類を変えるんですよ」
「えっと……つまり神性を無くす方向へ変えるって事ですか?」
戸惑いを隠せない様子で、けれどマリンも疑問を解消させる為に懸命に言葉を紡ぐ。
「ええ、その通りです」
「具体的にはどうするんですか?」
「まずは歌を歌って貰おうと思います」
「歌!?」
三人娘の声が綺麗に重なる。それほどプルートの言葉は意味不明であった。何故そこで歌が出てくるのだ。理解に苦しむ。
「う、歌って、なんで歌なんですか?」
もはやマリンの頭には疑問しか存在しない。それはアクアと葵も同様である。
しかしプルートはそんな事は意に介さない様子で自信たっぷりに答えるのだ。
「民に親しみを抱いてもらう為です」
だからそれで何故歌が出てくるのだ。
突っ込みたい気持ちを懸命に収め、三人は続く言葉を待った。プルートの事だ、きっと何か深い考えがあるに違いない。あって欲しい。なければ困る。
だが、続くプルートの言葉はそんな淡い期待をあっさりと裏切ったのである。
「ナウなヤングにバカウケするキャッチャーな曲を高名な作曲家の方に作っていただけるよう、既にお願いしてあります」
死語を連発するプルートを前に、三人は凍りついたように動けなくなってしまった。衝撃的すぎた、色々な意味で。しかしプルートはそんな事には構わず、更に話を進める。彼の目には輝かしい未来しか映っていないのだ。希望を宿し、キラキラと光る瞳は眩しいほどである。ソロイは主の成長した姿を前に胸が熱くなった。
「皆さんのキャラクターははっきりしていますし、この布陣であれば老若男女問わず幅広い支持を得られると思います。まず、葵さん」
「は、え、私か!?」
魂が抜けかけていた葵は、名を呼ばれて我に返った。
「ええ。貴方はとにかく格好良いです。凛々しいです。女性層の人気は約束されたも同然です!」
「はぁ、そうなのか……」
微妙な返事を返すしかない葵である。というか、それ以外にどう返事をすればいいのだ。
「次に、アクアさん」
「……わたしにもくるのね……」
げんなりとしたアクアの声も、プルートは意に介さない。
「アクアさんはとても可愛らしいですし、幼さに隠された美しさは将来性を感じさせます。成長を見守る喜びもある。やはり人気を取るのは容易いでしょう」
「あ、そう……」
もはや突っ込む事も億劫だと言いたげに、投げやりに返事をよこした。
「最後に、マリンさん」
「つ、遂に私ですか!?」
「はい、貴方です」
一体何を言われるのかと身構えるマリン。
「貴方にはあまり特徴がありません。垢抜けないし、神性だって感じられない」
「が、がーん……」
本日二度目の暴言を吐かれ、しかもその相手がプルートである事実に、マリンは流石にショックを隠しきれない様子だった。
アクアと葵も、プルートの言葉に驚いていた。彼らしくない言葉だ。彼らしくないというよりもむしろ、誰かの言葉を借りているような……。
「ですが、言い換えれば貴方には可能性があります。貴方は顔立ちは悪くない。素材の生かし方を知らないだけなのですから、綺麗にお化粧をして、立ち振る舞いを改めれば化けます。それに、幅広い人気を得られる可能性はマリンさんが一番高いと思うんです。小さな子供から年配の方まで、その笑顔で魅了して下さい」
「は、はぁ……」
もはやどう言葉を返せばいいのかも分からず、マリンは曖昧に頷いた。
一方のアクアと葵は、プルートの言葉に確信を得た。ふたりは目配せをし、頷きあう。
そんなふたりの様子にプルートは気付かない。浮かれた様子で話を進めていく。
「月一回、皆さんの歌を聞いてもらう為の日を定めましょう。舞台演出は魔法院に、警護は騎士院の皆さんにお任せしようと思います。歌を聞いて貰った後には、議会に対する質問会を行うのはどうでしょうか。神殿、騎士院、魔法院に対する不満点や疑問点をその場で解消してしまうのです。ああ、そうだ、告知ポスターも作らないといけないですね。それから、」
「で、プルート」
何時までも続きそうな話の腰をぽっきりと折るように、不意にアクアが口を開いた。
「それはだれの入れ知恵なの?」
「……はい?」
ぴたりとプルートの動きが止まった。ひとつ瞬き、ゆっくりとアクアに向き直る。その額に一筋の汗が流れているのを、アクアは見逃さなかった。
「だれの、入れ知恵なの?」
もう一度、今度はゆっくりと、アクアは同じ言葉を繰り返す。
「だ、誰、とは、その……」
プルートの目は思いっきり泳いでいた。この場を切り抜けられる答えを探すように、視線をさ迷わせる。
「まぁ、だいたいそうぞうはつくけど……」
「あやつ、じゃな」
葵が苦虫を噛み潰したような顔でそう呟くと、マリンもようやく気付いたように小さく声を上げる。
「あっ、もしかして……」
確認するように葵に目線を向けると、神妙に頷いてくれた。だからマリンも確信出来たのだ。
「はくじょうなさい、プルート」
「プルート殿、おぬしは何も悪くはない。諸悪の根源の名をはよう言うてはくれぬか?」
「プルート様、こういう時は早く言っちゃった方が楽になれますよ?お願いです、言って下さい」
アクアには責め立てられるように、葵には寛大な、けれど厳しさも含む態度で、マリンには真摯に迫られ、プルートは逃げ道を失ってしまった。こういう時の三人は強いと、経験で理解していたのだ。
プルートは諦めたように目を瞑ると、その名を口にした――




「うーん、残念!」
アロランディアより遠く離れたダリス王都。儚く輝く白金の髪、端麗な顔立ちを持つその男は楽しげに笑い声を上げた。
言葉とは裏腹に全く残念そうには見えない。いつもは人を食ったような笑顔を浮かべているその顔には、悪戯好きの子供のような表情が乗せられていた。
視線は己の手元に向けられている。シルクの手袋に包まれた長い指先が捲るのは、何枚もの手紙であった。
そこに書かれていたのは謝罪の言葉。差出人は元一国の主である。更に捲れば現国家代表、現副国家代表、現国家代表の部下というそうそうたる顔ぶれからの 罵詈雑言を目にする事が出来る。
「歌って踊る彼女達の姿、是非とも見たかったんですけどねぇ」
プルートに手紙で相談を持ち掛けられたのは随分前になるだろうか。民の神を求める気持ちを収めるにはどうすればいいだろうか、と書かれた手紙は今も保管してある。アイドル作戦を提案したのは他ならぬシリウス・ウォーレン・ダリスその人であった。
我ながら良いアイディアだと自画自賛していたのだが、実現するには難しい事も承知していた。何しろあの三人は目立つ事が嫌いなのだ。それでも提案したのは、プルートが頼み込めば何とかなるかもしれないという淡い期待を持っていたからだ。
自分の名を出さなければ実現する可能性は高くなると踏んでいたのだが、流石にプルートが考え付いたアイディアだと通し抜くのは無理があったらしい。結局首謀者の名は割れ、こうして自分の元に抗議の手紙が来ているわけで。
「なかなか難しいものだなぁ」
顎に指を添えながら、シリウスは再び笑い声を漏らした。
と、不意に部屋に響くノックの音。もうそんな時間か、と呟くと、シリウスは腰を上げた。
扉を開けると、疲れきった顔をしたリュートとヨハンの姿がある。
「むさいね、君達!ただでさえむさいのだから、せめてもっと明るい顔をしたらどうなんだい?この私を出迎えるのだから、それくらいの努力はするべきだろうに!嘆かわしい」
好き勝手口にするシリウスに、しかしふたりは何も言えない。上司の無茶苦茶な言い分にも愛想笑いを浮かべて対処するしかないのだ。
「で、舞台の準備は整ったのかい?」
「ええ。ご要望には全てお答え出来たと思います」
ヨハンの返事に、シリウスは眉根を寄せた。
「思いますだって?なんだい思いますって」
その言葉にヨハンは戦慄した。またいちゃもんをつける気なのか、この男は。
「自信も持てないような男が演出した舞台には立ちたくないね、今日はキャンセルするしかない」
瞬間、リュートとヨハンの顔が青ざめた。
「も、申し訳ありません、シリウス様。勿論自信はあります。徹夜で準備いたしましたし、必ずご満足頂けるかと……!」
「そ、そうですよシリウス様!ヨハン先生、すごく頑張って下さいましたし、キャンセルだなんてそんな……!」
慌てふためくふたりの姿を目にし、シリウスは満足感を得る事が出来た。どこまでも性格の悪い男であった。
「ま、ふたりがそう言うなら出てやらない事もないですが。民を落胆させるのは忍びないですしね」
リュートとヨハンは安堵した。そして同時に遠い目をしてしまう。
リュートは思う。こんな事をする為に自分は留学したのだろうか、と。
ヨハンは思う。ダリスに自分を呼び寄せたのは他ならぬシリウスなのに、何故にこうも酷な扱いな受けているのだろうか、と。
そんなふたりの様子に気付いているのかいないのか、シリウスは晴れやかな顔で口を開いた。
「さあ、ふたりとも、今日の公演が始まりますよ」




近頃、ダリス王国で話題になっているものがある。
王が逝去し、ダリス国内の情勢も不安定になっている昨今、それはすさまじい勢いを持ってダリスの人々の人気を得ているという。
それを行う人物は王族に連なる者であり、しかし王位継承権は当の昔に放棄しており、だからこそそれを行う事が出来たのだ。
魔法の力を持って場を彩り、その人物の輝かんばかりの美しさをおおいに引き出し、人々を熱狂させる。
歌あり、人形劇あり、笑いあり、涙ありの一大スペクタクル。
その名は月光の騎士リサイタル――




遠くアロランディアにその噂が届くのは、もう少しだけ先の話である。


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