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「酒場ってここかな」 「ああ、多分そうじゃないか?」 ニースとパスカはくたびれた建物を前にそう言葉を交わす。 話してみて分かったが、このパスカという少年は随分と社交的な性格をしており、ニースにとって付き合いやすい人物であった。 とにかく話しやすいのだ。気さくな態度の割に図々しさや押し付けがましい部分は全くなく、ニースが答えに窮すれば「言いたくないなら言わなくていいぜ」とフォローする。 処世術に長けているのだろう、ニースは自分も見習うべき部分が多いと感嘆していた。 そしてニースが最も感心したのは、 「………」 一言も言葉を発さず、ただ自分達の後ろを歩くシェスナに怒らなかった事である。 パスカもある種の居心地の悪さは感じているのだろう、時々シェスナに話をふったり、ちらちらと視線を向けてはいたが、ついにその態度を責める事はなかった。 ニースにとっては驚くべき事であった。この先もシェスナが同じ態度を取れば、パスカも流石に怒るかもしれない。けれど、これだけの時間シェスナの態度について何も言わなかったのは凄い、大したものだと思う。 「それじゃ入るか。シェスナもちゃんとついてこいよ」 パスカがそうシェスナに声をかけるが、やはりというか、彼女は何も言わなかった。パスカもそれ以上シェスナに何も言わなかった。凄い。 「臭……」 しかし酒場の扉を開けた途端にシェスナが呻くような声をあげ、パスカは驚いたように、ニースは呆れたように彼女を振り返る。 シェスナは鼻と口元を覆うように手をあて、眉を顰めていた。 「お、おい、どうしたんだ?」 「……酒臭い」 パスカが尋ねれば、随分と苦しそうな声でそう答える。 「そりゃ酒場だからね。シェス、我慢しろ」 ニースがにべもなく告げ、シェスナの眉間の皺はますます深くなる。 「我慢って、かなり気分が悪そうだぜ。休ませた方がいいんじゃねぇか?」 「シェスのこれはただの甘ったれだ。我慢出来るさ」 「甘ったれって……」 ニースには分かっている。これは本当に、ただの甘ったれなのだ。我慢しようと思えば出来る。何度同じ事を繰り返せば気が済むのだろう、この姉は。 ため息を吐き、シェスナに向き直る。 「シェス、この町に酒場はここだけ、他に食べ物を手に入れられる施設はない。そう聞いた」 「………」 その言葉を聞き、シェスナは視線を上げてじっとニースを見つめる。 何故自分がこんな事を説明しなければならないのか、本当に面倒くさい。吐き捨てるように続ける。 「この町にいる限り、ここで、食事を摂らなければならない。だから我慢しろ。出来るだろう?いい加減、その甘ったれを治してくれ。いい迷惑だ、うんざりなんだよ」 言うだけ言うと、ニースはさっさと酒場の中へと入ってしまう。 シェスナはじっと、それを見つめていた。 パスカはパスカでニースの語調の強さに驚いていた。先ほどまで話していた時にはもっと柔らかな口調だったし、あんな言葉を言うような男には見えなかった。姉にだけこんなキツい態度を取るのだろうか? 「……で、お前はどうするんだ?」 いつまでもこうしているわけにもいかないだろうと、反応が返ってくるとは思えないがシェスナに尋ねてみる。 しかし予想に反し、彼女はゆっくりとこちらに視線を移し、口を開いた。 「……入る」 眉根を寄せ、相も変わらず口と鼻に手を当て、くぐもった声で、けれどはっきりとシェスナはパスカに告げた。 意外だった。酒場に入るとしても、外で待つつもりだったとしても、自分の事など無視してさっさと行動に移すかと思ったのに。 「……そっか。じゃ、とっとと入ろうぜ。けど無理はすんな、本当にやばくなったらちゃんと言えよ」 こくりと頷くシェスナを見て、パスカはまたも驚き……それからなんだか面白くなってきた。 おかしな姉弟だ。なんだか2人に興味が沸いてきた。好奇心に任せて彼らの事情を詮索する、なんて事は間違ってもするつもりはないが、彼らが嫌がらない限りは行動を共にするのも良いかもしれない。 2人の目的は自分と同じ金儲けで、だから彼らと共に動けば分け前は確実に少なくなるだろう。そんなものは些細な問題……とまでは思えないが、それでもいいかなとは思う。金を稼ぐのも大切だが、仲間を作るのも大切だ。昨日あのバルデスとかいうおっさんもそう言っていた。 彼らが信頼に値する人間かどうかはまだ分からない。けれどニースは話しやすくて良い奴だと思ったし、シェスナの方は口数が少なすぎるのでまだよく分からないが、逆に言えばまだまだ彼女の事を知る余地がある。意外な素顔、なんてものが見られるかもしれない。 彼らの事を知りたいと思った。パスカにとってそれは、共に行動する理由として十分なものだった。 店へと入れば、一層酒の匂いが強くなる。シェスナは大丈夫かと見やれば、しかめっ面をしながらもしっかりとした足取りで歩いている。本当に甘ったれだったのかはパスカには分からない。 ニースは何処だと視線を巡らす。カウンターの近くに彼はいた。 ひとりの少女と共に。 |