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「あ!マリン殿!私を置いて何処に行くのですか!?」 「シリウス殿、これ以上マリン殿の邪魔をするようであれば、私達にも考えがあるぞ」 駆け出したマリンを追いかけようとするシリウスに対し、葵は常よりも厳しい口調でそう告げた。眼光は鋭く、今にもシリウスを射殺さんばかりの迫力に満ちている。美しくも苛烈な騎士として名を轟かせている理由が垣間見えるようで、アクアは少しだけほっとしていた。 友人であり、大切な親友のひとりでもある彼女の騎士としての姿を、アクアはあまり見た事がない。葵は今、副議長としての仕事よりも、騎士としての仕事の方が多かったりする。それは彼女が『アロランディア初の女騎士』である事に所以している。 要するに、新たな体制で生まれた新たな価値観を象徴する存在として祭り上げられているのだ。あちこちのセレモニーに呼ばれ、様々なパフォーマンスを求められる彼女が副議長としての仕事をこなす時間は、あまりないのだ。 そして、その穴埋めを行っているのはアクアであった。『貸しだから』と淡々と告げ、淡々と代理をこなす彼女の仕事ぶりは、とても優秀なものらしい。最年少の議会メンバーである事が信じられないほどの有能ぶりに、マリンや葵は勿論、他のメンバーも絶大なる信頼を寄せながら、一方で嘆いてもいるとか。 ……これでサボり癖が治れば完璧なのに、と。 少し話が逸れたが、要するに葵が騎士としての仕事をこなしている間、アクアは議会の仕事をこなしているのだ。騎士の仕事をこなす葵の姿を、アクアは一度として見た事がなかった。 (きちんと仕事ができているのかしんぱいだったけど……これなら大丈夫そうね) 町での評判は上々であるし、女性達を中心に支持を得ている事も知っていたが、やはり実際に騎士としての一面を目にすると安心出来る。 異国からやって来た葵は、アロランディアの常識には疎い部分がある。三年の間この国で過ごしたのだし、少しは慣れたのだろうが、それでもアクアやマリンの前では時折とんでもないボケ(にアクアは見える)をかます事があった。議会の仕事中であれば自分とマリンでフォロー出来るが、騎士としての仕事中はそうもいかない。騎士としての凛々しい姿を求められている時にそんなボケをかませば、人気がガタ落ちする恐れがある。それをアクアは密かに心配していたのだ。 だが目の前の葵の姿は、そんな心配を吹き飛ばす威力を持っていた。なるほど、町の女性達の支持を集めるのも理解出来る格好良さである。マリンとは別種のカリスマ性とでも言うのだろうか、人の視線を集めずにはいられないオーラを放っているように見える。 そんな事を考えながら、アクアは葵に続き、シリウスに対する脅し文句を口にする。 「ちょうど新作まほうが完成したところなのよね……」 「ふ、ふたり揃って物騒だなぁ!一体私が何をしたって言うんですかっ!」 「マリン殿を殺しかけた」 「先生をころしかけた」 「それは過去の事でしょう!?時効にしてくれたっていいと思うんだけどなぁ!」 いけしゃあしゃあと懇願するシリウスに、アクアも葵も不機嫌そうに顔を歪める。 「よくもまぁそんな事が言えたものじゃな。私達の大切な友人と、アクア殿の恩人であり、私とマリン殿にとっては大切な教師の命を奪おうとした罪を、たった3年で許せと?馬鹿にするでないわ!」 「じこうというのは、10年や20年ほど先に訪れるものではなくて?3年ていどで許してもらおうなんて、虫がよすぎるわよ……」 「ま、そりゃそうですね。君達の言う通りです」 さして残念そうな様子も、ショックを受けた様子も見せずに、シリウスはあっさりと納得してのける。その態度が勘に触ったのか、葵が眉を吊り上げる。 「しかし、でしたらどうして私を入国させたんですか?君達の地位があれば、リュートだけを入国させて、私の方はダリスに送り返す事も出来たと思うのですが」 「それは……」 アクアと葵は顔を見合わせる。今この場で真実を言っても良いものか、ふたりとも迷っているのだ。 けれど結局、ふたりとも諦めたように口を開いた。隠したところで無駄である事を知っていたからだ。自分達が何も教えなくとも、シリウスならば独自のルートで真実に辿り着いてしまうだろう。下手に動き回られるよりも、今真実を教えて大人しくさせておいた方が良いと判断したのだ。 「……私達はな、反対したのじゃ」 「あなたが言ったとおりの事をするべきだって、主張したわ。ソロイといっしょにね」 「ええ、まぁそれが普通の反応でしょうねぇ」 「……しかし、それでもマリン殿は意見を変えなかった。おぬしを入国させるべきだと」 「マリン殿が?」 流石のシリウスも驚きを隠せないらしい。それも当然だろう。かつて利用し、騙し、殺しかけた相手が、自分を入国させた。つまりは再び会う事を望んだのだ。 「……マリン殿、私の寝首でもかくつもりなのかなぁ」 「けるわよ」 「マリン殿はそんな事はせぬ!ふざけるのも大概にしておけ、シリウス殿」 「いや、分かってます、分かってますけどね!ふたりとも冗談が通じないなぁ、ソロイ殿の影響でも受けたんですか?」 「うけてないわ。あなたのじょうだんはつまらないの。ただそれだけ」 「うーん、大陸の最先端センスはこの国では通じないようだ」 「ザンネーン、ガックリ」 良くも悪くも、シリウスの態度は三年前と全く変わっていない。あれだけの騒ぎを起こし、罪を犯した事など忘れたかのような態度が、余計にアクアと葵の怒りを煽っている事に、彼は気付いているのだろうか。 (きづいているでしょうね……絶対に) 普段は道化を装ってはいるが、シリウスは計算高い人間だ。ふざけた態度が相対する人間の精神的なガードをゆるめ、結果として情報を得やすくなる事を知っているからこそ、そのような言動をしているのだ。 そんな彼が、他者の精神の変化を読めぬほど愚かであるとは思わない。ならば何故、わざわざ自分達の怒りを煽るような真似をするのか。 (……たぶん、どういう態度をとればいいのか、自分でもわかっていないから) かつてのシリウスの仕事は、他国に赴き、戦争の口実を探すという最悪のものだった。ダリスの前王であるシリウスの兄は自国の領土を増やす事にしか興味がなく、その為ならば他国の人間などどうなっても構わないという考えを持っていたらしい。過去にプルートに教えて貰った情報を浮かべながら、アクアは思考を重ねてゆく。 兄に命じられるがままに仕事をこなしてきたシリウスは、敵対関係となった国に再び赴いた事は、おそらく今まで一度もなかったものと思われる。リュートと共にアロランディアにやって来たは良いものの、よもや本当に入国出来るとは思っていなかったに違いない。 だから、分からない。この国のトップに立つ少女達が何を考えて自分をこの国に迎え入れたのかすら理解出来ず、戸惑っているのだ。 ……マリンが自分の入国を許可した事を知り、余計にその戸惑いが大きくなったのかもしれない。 (めんどうくさい大人ねー……) 分からないのなら分からないと言えば良い。戸惑っているのなら、素直にその思いを表に出せば良いのに。どうして自分の気持ちを誤魔化そうとしているのか、アクアは不思議でたまらなかった。 「わたし、めんどうな大人のあいてをしている暇はないの。さよなら」 アクアは葵とシリウスに背を向けると、さっさと歩き出してしまった。 「あっ、ちょっとアクア殿!?何処へ行くんですか!」 「まほういん。わたし、忙しいの。いんちょうだから」 「そんなー!もっとお話していきましょうよっ。ボビーもそう言ってますよ?」 「ボクトアソボーヨー」 「いや。……葵、あとはまかせたわ」 「うむ、任された!」 先にも述べた通り、葵はアクアに借りがある。葵はシリウスを苦手に思っている節があるが、アクアが望むのならばいくらだって彼を相手にする覚悟を持っているのだ。 「さあシリウス殿、覚悟致すが良いぞ!」 「覚悟ってなんですか覚悟って!あ、アレですか?甘い抱擁に対する覚悟とかですか?」 「そのまま締め潰されても構わないのであれば、それも良いかもしれぬな」 (たのもしいわ……ふふふ) 義理堅い親友を持った事に感謝しながら、アクアは悠々とした足取りで神殿を後にした。 「あ!いんちょーだ!」 「おかえり、いんちょー!仕事どうだった?楽しかった?面白かった?」 「おつかれさまー!はい、飴あげるー!」 猫耳帽子を揺らしながら町を歩けば、アクアの元には子供達がわらわらと集まってくる。 「ああ、院長じゃないかい。今日の議会のお仕事は終わりかい?」 「暇が出来たら、昼にも魔法院に顔を出しておくれよ。新しい治癒魔法を覚えたいんだけど、なかなかうまくいかなくてねぇ」 子供達を引き連れながら歩くアクアに声をかけてくる面子は、老若男女入り交じっている。年若い漁師。野菜売りの中年の女性。果ては隠居生活を送っていると思しき老年の男性まで、さも親しげな様子で挨拶をする。 (……この一帯は、殆どしょうあくできたわね) などと考えながら、アクアはひっそりと口角を上げてほくそ笑んだ。 聞いて驚く事なかれ。彼らは皆、魔法院に在籍する魔導士見習いなのだ。 魔法というものは男女の差なく、筋力の差なく、勉強さえすればそれなりに扱えるようになる『力』である。故に魔法院は全ての者が平等に学べるように、広く門扉を開いている。 過去この国に魔法院という施設が出来たばかりの頃は、魔法は異端の力だった。物語の中にだけ存在していた不可思議な力を自在に操る魔導士達を目の当たりにした島民達は困惑し、彼らを恐れ、疎んだ。理解を得る為に魔導士達が努力しても耳を貸さず、ただ拒絶する道を選んだのだ。 それでも、理解を示してくれる者達も居た。はじめは極僅かな人数しか存在しなかったが、少しずつではあるが魔法院に足を運んでくれる者が増えはじめる。 彼らは家族や親しい者達に魔法の基礎知識を語り、共に行こうと彼らを魔法院に誘った。 魔法が攻撃的なもの――武術魔法だけで構成されているのではなく、治癒魔法や創造魔法が存在する事を知り、子供が怪我ばかりするから、と母親や父親が治癒魔法の勉強をはじめる。子供は新しいおもちゃが欲しいと創造魔法の勉強をはじめる。 そうして広がった輪は、しかしなかなか大きくはならなかった。 「それでいいんですよ。これだけ広がっただけでも大したものだと思います」 ……眼鏡をかけたアクアの『先生』は、おだやかな笑みを浮かべながら、かつてそう言っていた。 「ゆっくりでいいんです。ゆっくりと、けれど確実にこの地に魔法を根付かせる事が出来れば、私はそれで満足ですよ」 (先生のうそつき) その言葉が真実であったのなら、何故あんな装置を作ろうとしたのか。世界から力を吸い出し、人の為だけの力に変化させる、忌むべき装置を。 彼は自分は素晴らしいものを作っていると言っていた。心底からそう信じ、神殿の協力を得ながら、一刻も早く完成させようと躍起になっていた。 そこに神殿の思惑が絡んでいた事も、そうしなければ魔法院の存続が危うくなる事も、アクアは知らなかった。けれどそれでも、アクアは先生――ヨハン・ハーシェルの実験に協力した。 先生が、心底から自分の協力を求めていたから。 ……先生の語る未来が、現実になって欲しいと思ったから。 だが、装置はヨハンが言うような『素晴らしいもの』ではなかった。世界を痛めつけ、『あの子』を苦しめるものだった。 思い出す事すらも苦しい、三年前の出来事。誰もが悩み、もがき、苦しみ、痛みに晒された、冬の日。その渦中に、アクアもまた立っていたのだ。 そして多分、あの出来事があったからこそ、魔法は島民に受け入れられたのだと、アクアは思う。 ヨハンの弟子であったアンヘル族の少年はある事件を起こして島から去り、ヨハンもまた、神殿が解体され、議会制度が制定されると同時に姿を消してしまった。 指導者を失った魔法院は混乱に混乱を極め、一体全体何がどうしてそうなったのか誰も覚えていないのだが――まだ幼い少女であったアクアを、新たな院長に選んだのである。 それからだ。島民の魔法に対する理解が、急速に深まっていったのは。 小さな女の子でしかなかったアクアが魔法院の長になった事が、島民達の興味を引いたのかもしれない。アクアが町を歩く度に、様々な人に話しかけられるようになった。 勿論魔導士を毛嫌いする者の数もまだ多かったので、罵声を浴びせられ、時にはものを投げつけられる事もあった。 それでもアクアはめげなかった。先生がそうしたように魔法について説明した。実践して見せる事も怠らなかった。その素晴らしさも、危険性も、余さず全てを話したのだ。 その未来に、今がある。 (先生。わたし、夢をかなえたよ) 魔法は今や、アロランディアという小さな国に欠かせないものとなった。 子供達が危なっかしい手つきで初歩の魔法を使い、彼らが怪我をすれば大人達が治癒魔法をかけてやる。女性が暴漢に襲われても、武術魔法で撃退出来る。 あの頃ヨハンが夢見た景色がここにある。あんな装置なんてなくても、アクアは小さな身体で夢を現実に変えたのだ。 (だから、先生。……ユニシス) あの頃誰よりも傍に居たふたりの姿を思い浮かべながら、アクアは願う。 (いつかでいいの。いつかでいいから……この光景を、見にきてね) ――再び『家族』に、会える日を。 「ただいまー……」 「あ!アクアさん、お帰りなさい」 魔法院に辿り着く頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。子供達も大人達も家に帰り、院に住み込んでいる魔導士達がアクアを出迎えてくれた。 「おなかへった……今日のごはん、なに?」 「あの、それが……」 「うん……?」 いつもならば元気な声で献立を教えてくれる筈の魔導士達が、何故か戸惑ったような表情で顔を見合わせる。こんな反応をされるのは初めての事で、アクアは首を傾げた。 「オムライス、だと思うんですけど……」 「そう。で、なんでそんなに歯切れのわるい言い方をするの……?」 「え、えっとですね……」 全く要領の得ない言葉に、アクアは若干苛立ってきた。はっきりいいなさい、と言いかけ、 「あーもう!そんな混ぜ方じゃ卵がかたくなるだろう!?ふわふわにしたいならもっとしっかり混ぜろ、しっかりと!」 「は、はい!」 ……台所から聞こえてきた声に、大きく瞳を見開いた。 高くもなく、低くもない、不思議な声音。これに似た声の持ち主を、アクアは知っていた。 「あっ、アクアさん!?」 驚く魔導士の声も無視し、アクアは駆けた。 あの頃の『彼』の声は、もっともっと高かった。ボーイソプラノってヤツですね、とマリンが言っていた。男でも女でもないのに、ボーイなんて言葉を使ってもいいのかしら、とアクアは密かに思っていた。純度の高い蜂蜜みたいな髪。エメラルドみたいに輝く瞳。とってもとっても綺麗な顔をしているのに、いっつも煤けさせていた。汚れたら拭けばいいのに、って言ったら怒られた。『俺はこれでいいんだよ』って、意味が分からない事を言っていた。 アクアはずっと、『彼』と仲良くなりたいと思っていた。でも『彼』はアクアを嫌っていた。少なくとも彼女自身はそう思い込んでいて、けれど、いつの間にかそうではなくなっていた。『彼』にとってのアクアは、大切な存在になっていた。 『彼』が『先生』以外に大切に思った、はじめての人だった。 その事を知ることが出来て、アクアは本当に嬉しかったのだ。 何故なら、アクアだって、『彼』の事を…… 「ん、焼き方は上手いじゃん。……ああほらそこ、手ぇ休めんな!晩飯の時間に間に合わなくなるだろ!」 たくさんのフライパンの前で格闘する魔導士達。『彼』もまたそのひとつを火で炙りながら、大きな声で指示を出していた。 見間違う筈がない。 聞き違う筈がない。 あの頃より背が伸びていたって、声変わりを果たしていたって、自分が『彼』を間違える事なんて、絶対にないのだ。 アクアは大きく息を吸う。慣れない大声を出す為に。 『彼』の名を、呼ぶ為に。 「ユニシス!」 『彼』の視線がこちらに向く。アクアの姿を視界に捉えた途端、綺麗な緑色の瞳がまん丸になった。 「え、うそ、アクア!?お前本当にあのアクアなのか!?」 『彼』――ユニシス・ハーシェルは、まだ幼かったあの頃と違い、随分と精悍な顔立ちになっていた。けれども驚きに満ちた顔はあの頃の面影を色濃く残していて、アクアは自然と顔を綻ばせていた。 「けちゃっぷ、大盛りでよろしく」 「しっかしお前、でっかくなったよなぁ」 「ユニシスこそ。背がたかくてうらやましいわ」 ケチャップたっぷりのオムライスをぺろりと平らげ、アクアとユニシスはアクアの自室で食後のデザートを頂いていた。 「それよりユニシス、いつ帰ったの?」 「今日の夕方。本当は朝に着きたかったんだけど、色々予定が狂っちゃってさ」 「……連絡くらい、してくれたらよかったのに」 ユニシスは三年前にアロランディアを去った。それ以来ふたりは時々手紙を交わしていたのだが、アクアは彼がこの島に来る事は全く知らなかったのだ。 「いや、したよ。マリンと葵には知らせておいた」 が、ユニシスはなんでもない顔をしてとんでもない事を言い放った。 「………」 「なんだよ、不満そうな顔して」 「わたしだけ、のけもの……?ひどい」 「のけものって、人聞きの悪い事言うなよな」 「のけものはのけものじゃない。仲間外れ。ハブられた。かなしい」 あのふたりは彼が帰国する事を知っていたのに、ずっと自分に隠していたのだ。 友達なのに。……親友なのに。 「言っとくけどな、俺はお前にも連絡しようとしたんだからな。でも、マリンに止められて……」 「マリンが?」 これは意外な首謀者である。仲間外れなんて、彼女が一番嫌いそうな事なのに。 「そ。いきなり帰った方が、喜びが大きくなるって。サプライズだってさ」 ……なるほど。それなら確かに彼女が考えそうな事だと思う。 「……おしおき、考えておかないとね」 「お、お仕置き?誰にするつもりだよ」 「もちろん、マリンによ」 喜ばせようとしてくれた事は嬉しいと言えば嬉しいが、生憎とアクアはサプライズというものがあまり好きではなかった。彼女は出来るだけ多くの情報を得ていたいのだ。 情報を制するものが世を制する。それがアクアの持論である。その情報を故意に伝えなかったマリンにお仕置きする権利はある筈だと、彼女は思う。 「お前なぁ……あんまりあいつをいじめるなよ」 「あら、わたしと一緒にあの子をいじめていた張本人とはおもえない台詞ね……」 「そ、それは昔の話だろ!俺だって若かったんだよ!」 ユニシスは顔を真っ赤にして反論するが、アクアは何処吹く風でクッキーをかじる。 マリンは過去、ヨハンのお気に入りの生徒だった。出来こそ悪いがとにかく一生懸命で、『あれだけ熱心に勉強して下さる方は珍しいです』と、上機嫌に語る先生の姿に、ユニシスもアクアも嫉妬した。ふたりは結託し、マリンへの嫌がらせに精を出していた時期があるのだ。 多分あれが、喧嘩ばかりしていたアクアとユニシスが歩み寄った瞬間だった。今から考えれば反省すべき事をたくさんしたし、マリンが相手でなければ絶交されていてもおかしくなかったとも思う。葵に現場を押さえられ、こっぴどく叱られた事もある。 それでも、不謹慎かもしれないが……楽しかった。 (ユニシスといっしょに何かをするのは、楽しかった) こうしてクッキーを食べながら話をするのも、とてもとても楽しい。 「しっかし、あのマリンが結婚ねぇ。なんか全っ然実感湧かないんだけど」 ユニシスも、シリウスとリュートと同じ理由――マリンの結婚式に出席する為に帰国したのだ。クッキーをかじりながら呟くユニシウの顔には、心底不思議そうな表情が乗せられている。 「ね、相手ってどんな奴?」 「あら、知らないの?」 「知らない。手紙でマリンにも葵にも訊いたんだけどさ、アクアに訊けの一点張りなんだよ。誰から聞いたって同じだと思うんだけどな」 ……なるほど。マリンも葵も、一応の気を遣ってくれたらしい。 アクアがユニシスに、自らの素性を明かしやすくする為に。 「わたしの弟」 「は?」 「マリンのけっこんあいて、わたしの弟。……お兄ちゃんかもしれないけど」 「はぁ!?」 ユニシスの手からクッキーがこぼれ落ちる。 「もったいないよ、ユニシス」 「お、弟、お兄ちゃんって……っ。お前、家族が見つかったの!?」 「うん」 「マジで!?記憶は?記憶はどうなんだ!?」 「もどった」 ユニシスの顔が、満面の笑みに染まる。頬が紅潮しており、彼の興奮をこれでもかと言うほどにアクアに伝えてくれている。 「うわ〜!良かったな!本っ当に良かった!マジでおめでとう!すげーめでたいじゃん!というか、なんで今まで教えてくれなかったんだよ、水くさいな!」 「だって、信じないでしょう?」 「何をだよ!」 「わたしが、かみさまだったってこと」 「……は?」 ユニシスの動きがぴたりと止まる。先ほどまでの興奮が嘘のような静けさが部屋に満ちる。 アクアには彼のこれからの行動が分かっていた。 多分まず初めに冗談だと疑われる。自分が否定すればふざけるなと怒りはじめて、それでも否定し続けると頭は大丈夫かと心配される。どれほど辛抱強く真実を口にし続けても、彼は決して認めようとはしないだろう。 (それでもいいわ) 信じて貰えなくとも構わない。信じて貰えるまで、何度だって言い続ければいいだけの話だ。 (時間は、まだまだいっぱいあるのだから) |