M.Q.I 7話


 女の子が人生で一番重視し、主役になれるイベントと言えば、まず間違いなく結婚式であろう。
 他人同士であった男と女が、一生一緒に居ると約束する為の儀式。新たな人生の門出。
 美しいドレスを着込み、綺麗にお化粧をして、大勢の人間に祝福されながら幸せを噛み締める……。
 一生の思い出に残るよう、その演出や衣装、果ては出席者に至るまで、最大限にこだわりたいと思うのは当然の事なのだろう。
 彼女――マリン・スチュワートもまた、そんな女の子のひとりであった。夢を描き、理想の結婚式を実現させる為の努力をしている最中なのだ。
 ……が、彼女には大きな難関が立ちはだかっていたのである。


「これはだめ。子供っぽすぎ」
「えー!?」
 デザイナーとの詳細な打ち合わせで決めたドレスのデザイン案を、アクアは容赦なく切って捨ててしまった。衝撃のあまり、マリンは手にしていた紙を落としてしまう。
「子供のはっぴょうかいじゃないんだから、もっとフリルを少なめにしたほうがいいわ。いくらなんでもかじょうすぎ」
「で、でもでも!フリルが多い方が可愛くないですか!?ふわふわでふりふりなんですよ!?」
「べつにフリルを否定するわけじゃないけど、このデザインじゃウェディングドレスにはみえないわよ……」
「がーん!」
「あなたはただでさえ子供っぽく見えるんだから、こんなのを着て誓いを立てたら、子供のおままごとにしかみえないとおもうの……」
「ががーん!」
 全く遠慮も気遣いもないストレートすぎる言葉に、マリンはただただショックを受けるしかなかった。勿論アクアにはそんな彼女を労るつもりは一切ないらしい。ティーカップを傾けると、少しだけ不思議そうに首を捻った。
「でもデザイナーもデザイナーよねー……もっとあなたに合っていて、ウェディングドレスにみえるデザインを描いてくれたらいいのに……」
「う……」
 アクアの言葉に、マリンは何故か冷や汗を流した。目ざとくその様を視界に捉えたアクアは、すっと瞳を細める。
「マリン……あなたまさか……」
「ごごごご、ごめんなさい!」
 アクアが何も言わない内から、マリンは大きく頭を下げた。
「あの、あのですね、そんなつもりはなかったっていうか、いえ別に自分の案に自信があったわけでもないんですけど、でも結婚式じゃないですか、一生に一回の晴れ舞台じゃないですか!自分の納得出来るデザインにしたいなって思っていたら、勝手に手がですね、口がですね、動いていてですね!本当に、本っ当に押しつけるつもりなんてなかったんですけど、なんか気付いたらデザイナーさんの案がなくなっちゃってて、デザイナーさんも大丈夫?本当にこれでいいんですか?って何度も念押しして下さったんですけど舞い上がっちゃってですね!」
 矢継ぎ早に吐き出されてゆく弁解じみた言葉に、アクアの顔は見る見る内に呆れの色に染まってゆく。
「要するに……」
「これ、私の理想を詰め込んだだけのデザインなんですごめんなさーい!!」
 深々と下げられた頭を、アクアは暫し無言で眺めていた。
 沈黙に耐えかねたのか、マリンが少しだけ頭を上げ、瞳を上向かせ、
「あたっ」
 ……た所で、アクアの鉄拳が飛んだ。
「ばかマリン」
「す、すみませ〜ん……」
 はたかれた頭を手で押さえながらしょぼしょぼと顔を上げれば、アクアの絶対零度の瞳に晒される。呆れと怒りがない交ぜになったその瞳に、マリンは居たたまれなくなって小さく縮み込んだ。
「あなたの結婚式なんだし、理想をつめこむのは悪いことじゃないわ。けど、さいしゅうてきなデザインはプロに任せなさい。こんなの着たら、ほんとうのほんとうに笑いものになるわよ……」
「はい……」
「ていうか、そんな事したらお金のむだだと思うの……何のためのデザイナーだと思ってるの……?」
「ごめんなさい……」
 マリンだって分かっている。デザイナーとはデザインを本職としている人達であり、至高のドレスを作る為に欠かせない人達の事でもある。そんな人達よりも優れたデザインを自分が作れるわけがないし、彼らに全てを任せた方が素晴らしいドレスが出来上がる事だって理解している。
(……それでも、私の結婚式だもの)
 嬉しくて嬉しくて、ついつい意見を出しすぎてしまった。本職の意見など全く聞かぬまま、自分の願望だけを語りすぎてしまった。一生に一度の晴れ舞台。その衣装を少しでも自分の理想に近付けたかったのだ。
 その結果が『子供っぽい』という評価である。マリンは大いに凹んでいた。
(でも、アクアさんって本当にセンスが良いからなぁ……)
 自身が纏う服はどこか奇抜な印象を与える癖に、他者に対する衣装やアクセサリーのアドバイスは的確だ。その人の魅力を最大限引き出すものを選ぶ事も大変に得意で、神殿や魔法院に勤める女性達から意見を求められる事も多かった。
 だからおそらく、マリン案のドレスに対する評価も間違ってはいないのだろう。
(……本当に駄目駄目なんだ、このドレス……)
 落ち込んでしまう。これが子供っぽいという事は、己のセンスもまた子供っぽいという事なのだろう。あと少しで新たな家庭を持つ者には相応しくない評価だと思う。
(……でも、だからといって落ち込んでいるわけにはいかないよね。今度はちゃんとデザイナーさんの意見を聞いて、頑張って次のデザインを纏めないと……!)
 マリンの長所のひとつに、ポジティブな事が上げられる。どれだけ散々な評価を下されようと、へこたれずに上を目指せる彼女の気質は、今この国に最も必要なものであった。それこそがマリンが議長に選ばれた最大の理由なのだろう。
「アクアさんアクアさん。アクアさんは当日、どんなドレスを着るつもりなんですか?」
「……なんでいきなりわたしの話になるの……?今しているのは、あなたの話でしょう?」
 その問いに呆れが含まれている事に気付いているのかいないのか。マリンはぎゅっと両手を握り締める。
「だって気になるんですもん!アクアさんは綺麗だし可愛いから、素敵なドレスを着たら男の子達の噂の的になっちゃうと思います!はい!」
「……きょーみない」
「えー!?どうしてですか!?」
「さわがれるの、きらいだもの。噂されるなんて真っ平ゴメンだし、じみなドレスでも着ていこうかしら……」
 遠い目をして呟かれた言葉に、マリンはわたわたと慌てだす。机に手をつき、焦った様子で口を開く。
「駄目!駄目ですよー!ちゃんと可愛いドレスを着てきて下さい!議長命令ですよ!」
「しょっけんらんよう……」
「職権でも何でも使いますよー!地味なドレスなんて、地味なドレスなんて、アクアさんには勿体ないです〜!ふわふわでふりふりのドレスを着て下さい!」
「……ふわふわでふりふりじゃなきゃ、考えてあげてもいいけど……」
「そ、そんなー!絶対似合うのにー!」
「そんなドレスを着たら、わたしのくーるでびゅーてぃーなイメージがガタ落ちじゃない……」
 アクアは何処吹く風で自らの髪を指に巻き付ける。マリンの嘆きなど、全く耳に入っていないようであった。
「そんなにふわふわでふりふりにこだわりたいのなら、葵にでもたのんでみたら……?」
 絶対着てくれそうにないけど、などと思いながらアクアが提案すれば、マリンの顔が思いっきり引き攣った。
「そ、それは駄目ですよ〜……。人には向き不向きがあるんですから、葵さんはもっと別の、大人っぽいドレスを着るべきだと思います」
「……そうね。ふわふわふりふりな葵なんて、そうぞうしただけで笑っちゃうわ……」
「わ、笑っちゃったりはしないですけど……。葵さんはスタイルが良いから、もっと身体の線がはっきり出るドレスの方が似合うと思うんです。カクテルドレスとか、マーメイドドレスとか!」
「そうね……ざっくりスリットが入ってると、せくしーでいいと思うの」
「わ、素敵ー!葵さん足が綺麗だし、きっとアークさんもリュートさんも悩殺されちゃいますね!」
「本人がのうさつしたいのは、別のおとこからもしれないけどね……」
 女の性質というかなんというか、本人がこの場に居ない事を良い事に、ふたりとも好き勝手なことを言いはじめる。
「でも……そんなドレス、葵さんは着て下さらないでしょうね。肌を露出する事を極端に嫌がる人ですし……」
「そうなのよねー……色々な意味で勿体ないわ……」
 マリンとアクアと葵の三人は、その地位の高さ故に様々な行事に呼ばれる事が多い。お堅い行事であれば普段の仕事着で赴けば良いのだが、華やかな式やパーティーであればそうもいかない。マリンとアクアはドレス等を身に纏うのだが、唯一葵だけは別の選択肢を選んでいた。
 騎士服である。
 紫紺の階級色に彩られた騎士服に身を包み、式やパーティーに赴くのである。
 確かに葵は騎士である。騎士であれば騎士服は最上級の礼服なのだし、彼女の魅力を存分に引き出してくれてもいる。マリンもアクアもそんな葵の姿を見る事は好きだし、一般の女性達の評判だって極上だ。現地では数え切れないほど声をかけられている事も知っている。
 けれど、毎回毎回そればかりだと流石に飽きてくる。勿論、葵本人ではなくマリンとアクアが。
 他の服を着てみないか、とそれとなく水を向けてみた事もあるのだが、はっきりと「そのつもりは全くない」と言い切られてしまった。どうにかして葵に華やかな服を着せる事が出来ないか、マリンもアクアも密かに頭を悩ませていたのだった。
「……あの子、こんかいも騎士服でしゅっせきするつもりなのかしら……」
 普通であれば考えられない事ではあるが、相手はあの葵である。なんのかんのと理由をつけて、何の面白味もない騎士服で参列している姿が容易に頭に浮かんでしまう。
「ううう……そんなの絶対嫌ですよー。折角の式なんだし、葵さんにも目一杯お洒落してきて欲しいですー……」
「じゃあ、あの子に直接そう言ってみたら?」
「うーん……直接頼んだとして、ちゃんと納得してくれるでしょうか……?」
「どうかしらね……」
 マリンとアクアが見たところ、葵が巫女服と騎士服以外の服を着たがらない理由は、どうにも複雑な要因が絡んでいるように思えるのだ。他者が何を言った所で、彼女が大人しく従ってくれるとは到底思えなかった。
「……あ、じゃあ、こういうのはどうかしら」
「はい?何ですか?良い考えが浮かんだんですかっ?」
 キラキラと瞳を輝かせるマリンに向かって、アクアは勿体ぶった様子で口を開く。
「……こんかいは騎士服きんし。はっきりとそう通達するの」
「ええっ!?そ、そんな事を言ったら、いつものみこふく……でしたっけ?で出席しちゃう気がするんですけど……」
 白と赤が印象的な古ぼけた服を着込んだ葵が教会に居る場面を思い浮かべながら、マリンはうんうんと唸り出す。あれはあれで葵らしい服で大変素敵なのだが、流石にあの格好で式に参列して頂くのは勘弁願いたかった。
「だいじょーぶ。巫女服もきんしすればいいのよ……」
「ええええ!?」
 なるほど、確かにそうすれば葵も第三の選択をしなければならなくなる。多少荒っぽいが、こうでもしなければ彼女はドレスを着てはくれないだろう。
「で、でも大丈夫なんでしょうか……。着ていく服がないから出席出来ない、なんて言い出されたら、とっても困っちゃうんですけど……」
 大切な親友のひとりである葵が出席してくれない式なんて、頼まれても挙げたくない。考えただけでマリンは悲しくなってきた。
「ま、それはほら、わたしたちでドレスを選んであげればいいのよ……。そうすればいくら葵でも嫌とはいえないでしょう……?」
「あ、そっか」
 葵は頑固ではあるが、押しに弱い所もある。特に同性からの頼みは断りにくいようで、マリンやアクアの無茶な頼みも渋々ながら了承してくれる事が多々あった。こちらが強く出れば従ってくれる可能性は十分にある気がした。
「それでも騎士服にこだわるようだったら、アークをつかうわ……」
「アークさん、ですか?アークさんに何をして貰うんですか?」
「べつになにも。ただ、アークも騎士服では出席しないわよ、っておどすの」
「お、脅す……」
 物騒な単語に冷や汗を流すマリンに、アクアはにやりと笑う。
「そう、おどすの。一番ちかしい騎士であるアークが騎士服をきないのなら、葵だって騎士服をきにくくなるわ。そこを突いてたたみかけるようにドレスをすすめれば……落とせる」
「おお!確かに落ちちゃうかもしれません……!」
 マリンは思わず拍手を送る。自分ひとりではこんな強行手段、思いつきもしなかっただろう。アクアの存在が頼もしくてたまらなかった。
「あとふくそうが心配なのは……ユニシスとソロイくらいかしらね……」
「あ、そうですね……」
 シリウスは仮にも王族であるし、結婚式の正装を外すほど常識のない事はしないだろう。その部下であるリュートも心配はないだろうし、プルートも『元』星読みだ。きちんとした格好で出席してくれるだろう。アークはその階位の高さ故、おそらくは三人娘よりもこの手の式に参列し慣れている筈だ。ヨハンも流石に大人であるし、最低限の知識は持ち合わせていると思われる。結婚式に相応しい衣装を所持しているかどうかは疑問ではあるが、それはまぁアクアが口を出せばどうとでもなるだろう。
 問題は残る二人。ユニシスとソロイである。
 ユニシスは目立つ事が嫌いだし、島を出て行ってからは知らないが、とにかく人と関わる事を避けていた。所持している服が極端に少ない事も、その服がいつも薄汚れていた事も、アクアはよく知っていた。そんな彼が礼服を持っているとは思えず、また結婚式の常識も持ち合わせているとは思えなかった。
 ソロイは地位の高さを考えれば礼服も常識も持ち合わせていなければおかしいのだが、そこはソロイである。仕事一筋プルート様一筋で生きてきた男であるし、必要な事以外は一切行おうとしない男でもある。他者の結婚式が彼にとって『必要な事』である可能性は極めて低く、故に何も準備をしていない可能性は極めて高いと思われた。
 ……というか、そもそも出席するつもりがあるのかどうかも謎なのだが。
「ま、ソロイの方はプルートになんとかしてもらうしかないわね……」
「そうですね……」
 プルート様命の彼であれば、その張本人の言う事であれば渋々ながらも従ってくれるだろう。そう信じたい。
「……でも、ソロイさんにお会いする機会があれば、私からも直接お願いしてみます」
「……そう?」
「はい!私とブルーさんの式だもの。やっぱり自分の力でなんとかしないと!」
 参列者の服装は結婚式の主役がなんとかするべき事ではないのではないか、という疑問がアクアの頭に思い浮かぶが、それは口に出さないでおく。どれだけ面倒で不必要な事であろうと、本人がこれだけ張り切っているのだから、余計な事は言わない方が良いと判断したのだ。
「ユニシスの方は、わたしがなんとかするわ……」
 だからアクアは代わりにそう言った。ひとつ屋根の下に住んでいるのだし、こちらの問題は自分が処理すべきだろう。面倒ではあるが、これ以上マリンに余計な仕事を増やしたくはなかった。ヨハンと共に三人で当日の衣装を購入するのもいいかもしれない。
 マリンは笑顔を浮かべると、大きく「はい!」と頷いた。
「あー、楽しみだなぁ。良いお天気になるよう、今からお祈りしておかないと……。皆さんの心に残るような、素敵な式にしたいです!」
 まだドレスのデザインも決まっていないし、そもそも式の日取りもまだまだ先なのに、マリンは既に浮き足立っていた。楽しげに細められた瞳には不安も陰りも少しも見当たらず、その日を心底から楽しみにしている事が理解出来た。
「……あなた、まりっじぶるーとは無縁そうね……」
「勿論です!」
 呆れ半分でこぼした言葉にも、元気すぎる返事をよこされる。
「私、不思議なんですよね」
「……何が?」
「マリッジブルー、っていうのにかかる人の事が」
 少しだけ首を傾げながら発されたマリンの声に、揶揄するような響きは全くなかった。
「だって、結婚ですよ?好きな人と家族になれるんですよ?好きな人とずっとずっと一緒に居て、ずっとずっと未来を歩いて行く。そういう約束を結ぶ為の儀式なのに、どうして怖くなっちゃうのか、私にはよく分からないんです」
 『マリッジブルー』にかかる人達を馬鹿にするでも貶すわけでもなく、マリンはただ純粋に疑問に思っているようだった。
「……勿論、人それぞれ色んな事情があるっていう事は分かってますよ?でも、本当によく分からないんです。自分の家族を作るっていうのは、素敵な事だと思うのにな……」
(……あ、そっか)
 アクアはようやく思い至る。彼女がここまで結婚を楽しみにし、『マリッジブルー』を疑問に思う、その理由を。
(……この子、孤児だから……)
 本当の、血の繋がった家族を知らない少女。孤児院の仲間が家族であると、いつかそう言っていた事を覚えている。
 それでも、彼らは本当の家族ではないのだ。
 精神的な繋がりがどれだけ強固であろうと、ずっと一緒にはいられない。ある程度の年齢に達すれば、『家』から出て行かなければならない。そうしなければ新たな孤児を迎え入れる事は出来ないのだ。
 ずっと一緒に居られて、ずっと同じ人生を歩んでゆく人――。そんな相手と新たな家庭を築ける事が、マリンは嬉しくて仕方がないのかもしれなかった。
 指にはめられた指輪を愛おしげに撫でながら、マリンはそっと視線を落とす。
「……私の場合、恵まれているからそう思うだけかもしれませんけど」
「……恵まれてる?」
 マリンの出自とはかけ離れていると感じる言葉に、アクアは僅かに眉根を寄せた。
「はじめて好きになった人で、ずっと好きだった人と結婚出来るんです。それって、すっごく恵まれた事だと思うんです」
「まぁ、それはたしかにそうかもね……」
 初恋が叶う確率は絶望的に低いのだと、シリウスが言っていた気がする。アクアはシリウスが嫌いだが、彼の恋愛経験が反吐が出るほど豊富である事を知っている。そんな彼が言う事なのだから、その言葉は真実なのだろう。
「それに、家族になるのはブルーさんだけじゃないですし」
「ああ……クロ助のこと?」
 いつの間にかブルーとマリンの家に住み着いていた、複雑な来歴を持つふてぶてしい黒い猫の姿を思い浮かべる。猫を家族と呼ぶなんて、いかにもマリンらしいと思う。
 しかしマリンは一瞬だけ瞳を見開くと、小さく首を横に振った。
「クロ助さんは、もう家族です。だから違います」
「え……」
 ならば他に誰がいるというのか。考えを巡らせてみても答えは見つからず、アクアは混乱する。
「アクアさん」
「……ん?」
「アクアさんですよ。ブルーさんとクロ助さん以外に出来る、家族」
「………」
 アクアは言葉を失った。
 ブルーとアクアは『半分』だ。この星が生まれたその時から意志を持ち、互いが分かち難い存在である事を理解していた。人の言葉で例えるならば、『兄妹』とか『姉弟』とか、そんな関係だと言えば分かりやすいだろうか。
 だから、マリンの言葉もあながち間違ってはいないのだ。ブルーと夫婦になる者は、もれなくアクアと義理の姉妹になるのだから。
 が、アクアの方はその事に全く気付いていなかった。ブルーとマリンの婚姻が決まってから随分経つのに、我ながら鈍いにも程があると呆れてしまう。人の世界で生活してきた年月はブルーよりもずっと長いのに、彼女は時折大事な事がすこんと抜けてしまうことがあった。
「……わたし、あなたと家族になるの?」
「はい!」
 大きく頷いてから、マリンは何故か不安そうに眉尻を下げてしまう。
「あ、あの……もしかして嫌だったり……します?」
「……何が?」
「その……私と家族になる事が」
 アクアは大きく瞳を瞬く。マリンの問いかけが不思議でたまらなかった。
「……別に嫌じゃないわ」
「本当ですか!?」
 マリンの顔が満面の笑みに彩られる。春の日溜まりのようなあたたかな笑顔に、自然とアクアも口角を上げていた。
 ……が、その口角はすぐに下がる事になった。
「私も嬉しいです〜!」
「わっ」
 全身から湧き上がる喜びを持て余したのだろうか。マリンが勢い良く抱きついてきたのだ。
「ちょ……ちょっと、わたしは別に『うれしい』とは言ってないわよ……っ」
 執拗に頬をすり寄せてくるマリンから逃れながらそう言えば、彼女の動きはピタリと止まってしまった。
「う、う、嬉しくないんですか……!?」
 ……たった一言で、よくもまぁこんなにも不安げな顔が出来るものである。アクアは少しだけ感心してしまった。
「嬉しいというよりも、楽しみね……」
「楽しみ……ですか?」
 マリンは大きな瞳を瞬かせる。その瞳が次の瞬間に大きく見開かれる事を予測し、アクアは小さくほくそ笑んだ。
「こじゅうとめとして貴方をいびる事が、この上なくたのしみ」
 果たしてマリンの瞳はアクアの予想した通りの状態になった。
「ひっ、ひっ、酷いですーーー!!いびるって、いびるんですか、私の事をいびるんですかー!?」
「ええ。毎日あなた達のうちにあそびに行って、まどのさっしに指をすべらせるわ……」
「えええー!?それで掃除が完璧じゃないって怒るんですか、怒るんですかー!?」
「あら、分かってるじゃない」
 にこりと笑んでみれば、マリンは涙目になってしまった。酷い酷いと怒る彼女であるが、その顔はアクアの目には困っているようにしか見えない。それがなんだかとても可愛らしく思えるのだ。
 小さな男の子は好きな女の子を困らせたり泣かせたりしたくなるものらしいが、アクアには彼らの気持ちがとてもよく分かるような気がした。
(……これから先も、あなたのいろんな顔をみたいわ)
 アクアはブルーに感謝する。大好きな友人を家族として迎え入れる事を、心の底からありがとうと言いたかった。

 それはきっと、滅多に手に入らない『幸せ』なのだから。

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