M.Q.I 14話


 ゆらゆらと揺れる部屋は、懐かしい感覚を蘇らせた。
 海中を思い起こさせるその動きは、しかしあの頃感じていたものとは全く違う動きでもある。海の中と海の上。居る場所が少し異なるだけで、こんなにもはっきりと違いが表れるものなのだな、とブルーは思う。
「ブルーさんブルーさん、デッキに上がりませんか?」
「うん、いいよ」
 きらきらと瞳を輝かせるマリンに腕を引かれ、ブルーは部屋の外へと出る。ゆらゆらゆらゆら。絶え間なく揺れ続ける床は、船が進み続けている証拠だ。
(……そう、こうして人は海を汚してきた)
 そしていつか、空をも汚すに違いない。
 それでも自分は人を信じる事にした。
(……正確には、マリンを、かな)
 人の可能性を信じるマリンを信じたからこそ、今自分はここに居るのだ。
 階段を登り切った途端、強い陽射しが瞳を射抜いた。眩しくて目を細めると、隣のマリンも似たような反応をしていた。
「や、やっぱり海の上は光が強いですねー……」
「そうだね……」
 目が慣れるのを待ってから、ふたりはデッキへと上がる。
 水面を照らされ目映い光を放つ海原が、ブルーとマリンを出迎えてくれた。潮の匂いを孕んだ風は強く、汗ばむ肌を瞬時に乾かしてゆく。
「うーん、気持ちいいなぁ!」
「そう、それは良かった」
 かつての自分の化身を褒められた気がして、ブルーは自然と微笑んでいた。海が彼女に心地良さを与えるものであるのなら、これ以上に嬉しい事はない。
「あ、ブルーさん!見て下さい!」
 ぐいぐいとブルーの服を引っ張りながら、マリンは興奮気味に海の向こうを指さした。せわしない事この上ないが、それがマリンという少女の気性である。ブルーは大人しく指が示す方向を辿った。
「あ……」
「あれが私が育った島ですよ!」
 ……幼き日のマリンと出会った島が、小さな姿を晒していた。


 時は一週間ほど前に遡る。
「いってきなさい、マリン」
「うむ、私も行くべきだと思うぞ」
 議長室。久しぶりに三人集まって昼食を食べていると、アクアと葵にそう言われた。思わぬ言葉に、マリンは手にしたサンドイッチ(ちなみにこれはブルーお手製だったりする)を落としそうになった。
「え?え?で、でもまだ片付いてないお仕事がいっぱいありますし……」
「それくらい、わたしと葵でなんとかするわ。ね?」
「ああ。マリン殿は何も心配せず、ゆっくりと里帰りしてくるが良い」
 少し前まで落ち込んだ様子を見せていた葵であるが、最近は調子が戻ってきたようで、以前よりは元気にな顔を見せることが多くなってきた気がする。
(……気がするだけだけど。空元気な気もするけど)
 それでも元気な姿を装えるようになっただけでも進歩なような。無理をしているのならば余計に心配なような……。
「ああほれ、心配するなと言った矢先に心配そうな顔をするでない。そんなに私達が信用出来ぬか?」
「え、あ、いえ、そういう事じゃないんですけど……!」
 葵本人に無理をしていないか、などと尋ねたら、彼女はもっと無理をしてしまうだろう。葵はそういう人で、だからマリンは誤魔化すように笑う事しか出来なかった。
 小さく息を吐き、自分の考えを整理する。何を言うべきで、何を言うべきではないのか、見極めてゆく。
「あの……お仕事もそうなんですけど、結婚式の準備も全部終わっていないじゃないですか。日取りも近付いていますし、今里帰りなんてしたら余計な時間をロスしちゃいますし、」
「よけいな時間なんかじゃないわよ」
 こちらの言葉を遮って発されたアクアの声に、マリンは虚を突かれた。
「え、で、でも……」
「そうだな、私もそう思う。それに、手紙で頼むよりも、直接会ってお願いした方が良いじゃろうしな」
 まだ宛名も記されていない手紙を手に取ると、葵はマリンにそれを掲げてみせる。瞬間、マリンの顔は真っ赤に染まった。
「あー!い、いつの間にそれを見つけたんですか、というかまさか読んじゃったんですか、勝手に読んじゃったんですかー!?」
「い、いや、見つけたのも読んだのも私ではないぞ。アクア殿じゃ」
 言い訳がましい葵の言葉に、アクアは心外だと言いたげに眉根を寄せた。
「あら、わたしひとりに罪をおしつける気……?葵だってべつにはんたいしなかったじゃない……」
 アクアが恨みがましい瞳で見つめれば、葵は言葉に詰まったかのように顔を歪めた。
「そ、それは……っ、議長室の机に放置されていたくらいだし、仕事に関係する手紙だと思ってだな、であれば私にも無関係なものではないと思ってだな、まさか私的なものだとは思わなくてだな、」
「言い訳はみぐるしいわよ」
「う……」
 観念したのか、葵はがっくりとうなだれながらマリンに向き直る。
「す、すまぬ……。動機はどうであれ、おぬしの私的な手紙を覗き見してしまったのは事実じゃ。心の底から詫びる。本当にすまなかった」
 深々と頭を下げる葵。これに慌てたのはマリンである。
 マリンは人に謝られる事に慣れていない。孤児院に居た時もこの島に来てからも、他者に侮られる事が多かったし、そもそも人に謝られるという体験が非常に少ないまま生きてきた。だから、いざ頭を下げる姿を目の前にすると焦ってしまうのだ。例え非が相手にあるのだとしても。
「そ、そんな……!そんなに大袈裟に謝って貰うような事じゃないですよ!顔を上げて下さーい!」
「しかし……」
「その、葵さんの言う通り私的なものは自宅に持ち帰るべきだったんです。たくさんの人が出入りする部屋の机に放置していた私が悪かったんです、ごめんなさいっ」
「あら、わたしたち許されたの……?らっきー」
「こ、これアクア殿!加害者側がらっきーなどと言ってはいかん!」
 慌てて葵がアクアを窘めるが、当の本人はどこ吹く風。クロワッサンをもしゃもしゃと咀嚼し続けている。
「ま、それはそれ。これはこれ。マリンの里帰りはけっていってことで」
「お、おい、話が飛びすぎてはおらぬか?」
「とびすぎてないわ。わたしたち、ずっとこの話をしてたじゃない」
 アクアの言う通りと言えば言う通りなのだが、違うと言えば違うような気がした。しかしその事を突っ込んでいる暇はない。そんな事をしたが最後、話は更に明後日の方向へと飛んでいくことを、マリンも葵もよく知っていた。
「けけけけ、決定って何ですか決定って!私は行くとは一言も言ってないじゃないですかー!?」
「じゃ、今いって」
「えー!?」
 アクアの言葉はいつだって強引だ。マリンは自分が気の弱い方だとは思っていないが、それでもアクアを相手にしているととても意志の弱い人間のような気がしてきてしまう。
 反論は許さないと言いたげな、強い意志が宿った瞳。アクアの眼力は人並み以上に強力で、マリンには抗う事が出来ない。
「いいなさい。ブルーとふたりで、里帰りしてくるって」
「うう……」
「いいなさい」
「ううう……」
 葛藤する最中にも容赦なく飛んでくる、命令的な言葉。自分が頷くまで、アクアは同じ言葉を繰り返すのだろう。マリンにはそれが分かっていた。
(……こういう時のアクアさんって、本当に頑固だからなぁ……)
 退路は何処にも存在しない。その事を悟ったマリンは、渋々頷いたのだった。


 マリンが育った島は、アロランディアでも辺境に位置している。本島から出る船は週に二回、島から本島に向かう船も週に二回。航海日数は五日前後はかかる。マリンとブルーは今から三日後に出る船に乗り、本島へと帰還する予定だ。
 つまり、マリンは軽く二週間ほど議会を留守にするのである。
 代わりはアクアと葵が勤めてくれているが、どうにも心配になってしまう。
(アクアさんも葵さんもとっても優秀だから、それは大丈夫だとは思うんだけど……)
 マリンはそっと瞳を伏せる。
 心配なのは、自分が帰った後の事だ。
 二週間ものブランクを経て、上手く仕事を片付けられるのか。決して頭が良いとは言えない自分は、仕事のやり方を忘れないと言い切れるのか。
(……今からこんな事考えてても仕方ないよね)
 ふるふると頭を振り、マリンは不穏な考えを吹き飛ばす。今はアクアと葵が与えてくれた里帰りの機会を、精一杯に楽しむべきだと思った。
「マリン、もう下船出来るって」
 デッキから戻り荷物を纏めていたブルーの言葉に、マリンは満面の笑みを作った。
「はい!じゃあ、早く下りちゃいましょう!」


 人にぶつかる事24回、転ぶ事10回、小さな子供に母親に間違われる事1回、子供の母親を探してかけずり回る事1回、無事に子供を母親の元に届ける事1回。
 数々の苦難を経て、ブルーとマリンは無事に陸地に降り立った。
「う、わぁ〜……」
 辺りを見回しながら、マリンは感嘆の息を吐く。
 本島とは違って最低限の整備しかされていない港。木々の緑は太陽の光を美味しそうに浴びており、波音は漁師達の声と子供達のはしゃぎ声にかき消される。視界に映る景色は記憶と何ら違わず、マリンの郷愁をかき立てた。
 一生この景色を見ながら生きるのだと思っていた。島から出る事なんて一度だって考えたことはなくて、けれど運命は思ってもみなかった未来を自分に与えた。
 ……ブルーが、未来を与えてくれたのだ。
「……本島と全然違うね」 「はい。この島では資源も人材も技術も、本島とは比べものにならないほど足りませんからね。あそこまでしっかりとした整備は、したくても出来ないんですよ」
 眩しそうに目を細めながら、それでもブルーは好奇心丸出しの顔で首を巡らせる。
「……でも、皆楽しそうだ」
「はい!」
 子供達も大人達も、皆仲良しだ。助け合わなければ生き抜く事は難しく、故に仲違いをしている暇だってない。時々喧嘩をする事もあるけれど、大抵すぐに仲直りするのが常だった。
「マリンの孤児院は何処?」
「あ、こっちです。じゃあ、早速行きましょうか?」
「うん」
 ブルーの手を取って歩き出す。故郷の風を胸いっぱいに吸い込みながら、マリンは生まれ育った『家』に向かったのだった。


「お、マリンじゃねぇか!なんだぁ、帰ってきてたなんて知らなかったぞ!」
「すみませーん!お知らせする暇もないくらいに急に帰る事になったんですー!」
「おやまぁマリンちゃん!本島で立派になったって聞いたけど、見た目はあんまり変わってないわねぇ」
「えー!?ちょ、ちょっとくらいは綺麗になってませんか?……ませんか。とほほ……」
「あー!マリン!!お前オレとの勝負ほっぽってどっか行きやがってー!ずっとずーっと根に持ってたんだからなー!」
「えええー!?あ、あの、時効ってわけにはいきませんか?駄目?……じゃあ今日は予定があるから無理ですけど、明日なら大丈夫です!正々堂々、勝負しましょう!」
「あ、マリンちゃんだ……。ねぇ、どうして何も言わずに行っちゃったの?編みぐるみ作りを教えてくれるって言ってたのに、ずっと待ってたのに……」
「あわわわわ、な、泣かないで下さーい!可愛いお顔が台無しですよ?えっと、それじゃあ明日、ダン君と勝負した後で一緒に編みぐるみを作りましょう。予定は大丈夫ですか?」
 ……村の中を少し歩いただけで、マリンは大勢の人間に声をかけられた。
 それもその筈。三年前ソロイに連れられ島から出た時には、知り合い全員に挨拶する事が出来なかったのだ。ソロイは今でこそ多少は融通が利くようになってきたが、あの頃は本当に、心の底から『プルート様至上主義』であった。別れの挨拶をさせるよりも、一刻も早くプルートに会わせるべきだと判断したのである。
 星の娘候補として過ごした半年間は勿論里帰りなんてさせて貰えなかったし、議会制度が発足してからは忙しすぎてそんな暇はなかった。
 だから、村の皆と会うのは三年ぶりなのだ。どうも彼らは自分が『議長』になった事を知っているらしく(おそらく情報源は孤児院に宛てた自分の手紙だろう)、大人達は『偉い』だの『村の誇りだ』だの、やたらと褒めそやしてきた。
(む、昔は叱られる事の方が多かったんだけどなぁ……)
 人よりも注意力が足りない自分は、自覚のないまま危険な事をしていたらしい。その度に大人がすっ飛んできて、もっと注意深くなれと叱られていた。
 そんな彼らに褒めそやされている今が、マリンには不思議でならなかった。
「……マリンは人気者だね」
「ええ!?そ、そうですかね……?」
 皆物珍しい『議長』に興味津々なだけな気がするのだが、ブルーはやわらかな顔で頷いた。
「皆、僕と同じでマリンが大好きなんだね」
「う、うーん……ブルーさんと同じ意味で好きってわけではないと思いますけど……」
 村の全員に大切に思われているのなら嬉しいけれど、恋愛感情を抱かれていたら困ってしまう。
「……でも、こうして出迎えて貰えると、幸せだなって思います」
 小さな孤児院の小さな子供。特別なものなんて何も持たなかった自分なのに、こうして里帰りするだけで喜んで貰える。それは、とても幸福な事だと思うから。
「……良かったね」
「はい!」
 笑顔で頷くマリンの視界に、見慣れた建物の姿が映った。
 三角屋根にかけられた、大きな十字架。記憶の中よりも濃い色で塗り込められた壁。決して広いとは言えない庭では、少数の子供達が洗濯をしている最中だった。
 小さな小さな教会。
 自分という存在を育ててくれた、孤児院。
「あ!マリンだ!」
 と、枕カバーを乱暴な手つきで洗濯板にこすりつけていた少年がこちらに気付いた。
 快活な印象を与える、生命力に満ち溢れた瞳。短く刈られた髪。泡にまみれている事も気にせずに、ただただ楽しげな表情が乗せられたその顔には、見覚えがあるような……。
「……もしかして、アル?」
「おう!オレだ!ひっさしぶりだなぁ!」
 にかっと笑うその顔は記憶の中の面影を宿しているのに、一瞬彼がアルだと気付けなかった。
「おーいみんなー!マリンが帰ってきたぞー!」
 大きな声量を目いっぱい活躍させて、アルは叫ぶ。途端、庭に居た子供達の目線がマリンに集まる。
「うわっ、本当にマリンだ!?」
「マリーン!マリンマリンマリンマリン!」
「マリンお土産は?お土産は?」
「星読み様に会ったって本当!?どんな人だった!?」
「なぁ、本物の騎士を見たか?どんなだった!?格好良かったか!?」
「うわあっ!?」
 子供は本当に遠慮というものを知らない。我先にとマリンの元へと駆け寄り、わちゃわちゃと彼女の身体に触れまくる。
 教会の中に居た子供達も騒ぎを聞きつけ中から出てくる。マリンの姿を見つければ群に加わり、更なる惨状が引き起こされた。
 しかし中には光景を見つめるだけの子供達も居て、彼らは皆一様に戸惑うような表情をしていた。
「ねー、マリンってだれ?」
「知らない」
「あ、オレ聞いた事ある。昔ここに居た奴なんだって。今は本島で暮らしてるんだって」
「本島!?めっずらしー。この島から出てった人なんて、初めて聞いたよ」
 ……どうやら彼らはマリンが島を出てから孤児院に来た子供達のようだ。戸惑うのも無理はあるまい。
「ね、ちょっ、やめっ、くすぐったいです〜!」
「マリンは相変わらずくすぐったがりだなぁ。そ〜れ!」
「うひゃあ!?ど、どーしてくすぐるんですか〜!?」
「マリンの反応が面白いんだも〜ん。そーれ!」
「こちょこちょこちょこちょ」
「や、やめ、あは、あははははははは!」
 何故か子供達は一斉にマリンをくすぐりだした。マリンは一方的にくすぐられるつもりはないと言いたげに腕で身体をガードしているが、何しろ相手が多すぎる。数多の指に蹂躙され、抑えきれない笑い声を上げる。
「なーなーマリーン。そいつ、誰?」
 唐突に、子供のひとりが呆然と立ち尽くす男に視線を向けた。指をさしたりしないのは、神父の躾のたまものだろうか。
 マリンをくすぐっている子供達も、その様を戸惑いながら見つめていた子供達も、そして騒ぎの真ん中のマリンも、彼の視線の先に居る人物を見た。
 青い髪に青い瞳の持ち主。
「……僕?」
 即ち、ブルーを。
「あの人も孤児院に居た人なのかなぁ」
「や、あいつが誰なのかあいつらが聞いたって事は違うんじゃないか?」
「じゃ誰。『マリン』って奴の知り合いか?」
「私に聞かれたって知るわけないじゃない」
 ひそひそと、マリンと面識がない子供達が小さな声で言葉を交わし合う。その声を聞きながら、マリンは慌てて口を開いた。
「そ、その人はですねっ」
「誰〜?」
「え、えっと……」
 言い淀むマリンの頬に、僅かに朱が宿る。照れたように瞳を伏せてから、決心したように真っ直ぐにブルーを見つめる。
「ブルーさん!私の婚約者です!」
 一瞬だけ静まり返る子供達。
 しかしすぐにけたたましい声が響いた。
「婚約者!って事は結婚すんのかマリン!」
「すごーい!マリンでも結婚出来るんだね!」
「ねぇマリン、もしかして騙されてない?『けっこんさぎ』だったりしない?マリンはとろいから、私心配だなぁ……」
「いつ結婚するの?いつ結婚するの!?」
「なーんかなまっちょろいやつだなぁ。もっと鍛えなきゃ海のおとこにゃなれないぜ!」
「誰もこの人が漁師だとは言ってないじゃない!これだから男子は……」
「きゃー!?」
「うわ……っ」
 先ほどよりも勢いを増した子供達に、今度はブルーまでもが詰め寄られる。何がなんだか分からぬまま、ふたりは甲高い声に囲まれるのだった。


「そ、それじゃあ私は神父様にご挨拶してきますね……」
 一悶着終え、マリンとブルーは室内に居た。ふたりとも(特にマリンは)疲れ切った顔をしており、子供達のエネルギーのすさまじさを物語っていた。
「……僕も行こうか?」
「ブルーは駄目ー!」
 同行を申し出たブルーの腕を、間髪入れずに子供が掴む。その子供とは別の子供が、同意するようにうむうむと頷く。
「そーだそーだ!ブルーはオレ達と一緒に遊ぶんだ!」
「あはは。ブルーさん、すっかり人気者ですねぇ」
「……そうなのかな?」
 微笑ましそうに笑うマリンであるが、ブルーにはイマイチ自覚出来ない。人気者、というよりも、オモチャにされている、という表現の方が的確ではないだろうか。
「とりあえず、最初は私だけで挨拶してきますね。ブルーさんも、後で一緒にご挨拶しましょう?」
「……うん、そうだね。今は行きたくても行けそうにないし」
 わらわらと足下に集う子供達を見つめながら、ブルーは遠い目をする。マリンは近くに居た子供の頭を撫でると、神父の部屋へと足を向けた。
 子供達は、何故か息を殺しながらその背を見つめる。完全にマリンの姿が見えなくなると、子供達の顔が一斉にブルーに向けられた。
「ブルー!ブルー!」
 庭での惨状を思い出し、ブルーは顔をひきつらせる。伸びてくる子供達の手。要領を得ない言葉。身体中に触れられ、引っ張られた痛みがまだ残っているのに。
「ブルーはマリンの何処が好きなの?」
「マリンとちゅーはした?」
「マリンの料理が毎日食べられるなんて羨ましい。でもあんなにドジなマリンで良いの?本当にマリンが好きなの?」
「………」
 だが、ぶつけられたものは予想とは違い、先ほどよりもずっと落ち着いた質問だった。ブルーを見上げる子供達の目は好奇に満ちてはいるが、そこに興奮の色は見当たらない。ブルーもまた彼らの瞳を見返しながら、暫しの間沈黙した。


 扉の前で立ち止まると、マリンはひとつ深呼吸をした。
 神父様。この孤児院の責任者。日々怪獣の如き暴虐を繰り返す子供達をたったひとりで育てる、マリンがこの世で一番尊敬している人。
 彼の私室は孤児院の子供達にとって特別な場所だった。普段は特に用がなければ入ってはならず、足を踏み入れる事が出来るのは部屋の主に呼び出された時だけ。呼び出される時は大抵が悪い事をした時で、即ち叱られる為に出向かなければならないのである。
 そして、マリンはその回数が異様に多かった。
(ドジばっかりしてたからなぁ、私……)
 そそっかしいマリンの気性は、幼少の頃からまるで変わっていない。もはや生来のものと言って良いだろう。
 一応自分では気をつけているつもりなのだが、どうにも何かがすこんと抜けて落ちている事が多いらしい。そうした結果笑える失敗をするのならまだ良いのだが、危険な失敗をする事も少なくなかった。
 そんな時はこの部屋に呼び出され、神父様と向かい合ってこんこんと諭されたものである。
 けれど、マリンはその時間が決して嫌いではなかった。むしろ心待ちにしていたと言っても良い。
 神父様はとても忙しい日々を送っていて、孤児達ひとりひとりを気にかける事は難しいものがあった。
 そんな神父様をひとりじめ出来る時間が、嬉しくて嬉しくて仕方なかった事を覚えている。心配をかけてしまった罪悪感と、こらえきれない嬉しさが混じり合い、いつも変な顔をしてしまい、神父様が困った顔をしていた事をよく覚えている。
 マリンは気合いを入れるように「よしっ」と呟くと、手の甲を扉に叩きつけた。
「誰ですか?」
 返ってきた声に、マリンは息を呑む。懐かしい、僅かにしわがれた低い声。
 自分を、育ててくれた人。
「あ、あの、」
 そこまで言ってから、言葉が詰まった。ちゃんと名乗らないと駄目なのに、神父様を戸惑わせてしまうと分かっているのに、何故だかそれ以上声が出なかった。
 焦り、無理矢理に舌を動かした。
「あの……マリンで……っ!」
 ……焦りすぎたのか、舌を噛んでしまった。激痛が走った舌を喉の奥に引っ込ませ、マリンは口元を押さえつける。目尻に浮かぶ涙の原因は痛さか情けなさか。
「マリン?」
 扉の向こうから足音が聞こえる。
 と思ったら、扉が開いた。
 神父様が、居た。
 黒衣に身を包み、鼻には小さな眼鏡が乗せられている。頭髪は前から白髪が目立っていたけれど、最後に見た時よりも白さが増している気がした。
 自然とマリンの背筋が伸びる。真っ直ぐに彼の顔を見ながら、大きな声で宣言した。
「マリン・スチュワート!ただいま帰りました!」
 驚きに染まっていた神父様の顔が、徐々に別の表情へと移り変わっていく。
「……お帰りなさい、マリン」
 ……あたたかな、笑顔へと。


「帰ってくるのなら手紙をよこしてくれれば良かったのに……何故なにも知らせてくれなかったのですか?」
 必要最低限のものしか置かれていない、神父様の人柄がそのまま出たような質素な部屋の真ん中で、その部屋の主は久々に会った『子供』に問いかける。
 途端、『子供』――マリンは慌てたように両の手を組む。これは、困った時の彼女の癖だ。
「す、すみません。里帰りが決まったのと出発がほぼ同時だったので、手紙を出す暇がなかったんですよ〜……」
 アクアも葵も強引だ。マリンが頷くのを確認すると、半ば無理矢理にブルーと共に荷造りをさせ、その日の内に船に乗せてしまったのだ。
 もうちょっとだけ時間を置いてから、せめて島の皆に帰る事を知らせてから出発したいというマリンの願いを、アクアと葵は完全に無視していた。
「おもいたったが吉日っていうじゃない。さっさといってきなさい」
 アクアはそう言った。
「そうじゃそうじゃ。帰れるのならば早い内に帰った方が良い。この期を逃してしまえば二度と帰れぬようになってしまう可能性がないとは言い切れぬのだからな」
 葵はそう言った。
 他ならぬ葵にそう言われてしまえば、マリンは何も言葉を返せなくなる。
 ……故郷が何処にあるかも分からず、今も焦がれ続けている葵に言われてしまえば。
(私は幸せ者だよね)
 その気になれば、こうしてすぐにでも故郷に戻ってこられる。航海日数は多少はかかるけれど、それでも好きな時に帰省出来るのだ。
 ……だからこそ、三年という年月が開いてしまったのも事実なのだけれど。
 いつでも帰る事が出来るということは、急いで帰る必要がないという事でもある。忙しかったのも事実だけれど、結局のところ自分はそこまで積極的に帰るつもりがなかったのかもしれない。
「仕事はどうです?慣れましたか?」
「え、えっと、はい!前よりは慣れてきたと思います!」
 まだまだドジも多いし、アクアや葵ほど有能にはなれないけれど、自分なりに精一杯やっているつもりだ。
 マリンの答えを聞くと、神父様は目を細めて「そうですか」と呟いた。
「手紙にも書きましたが、貴方が星読み様の後任を勤める事になったと知った時は、驚きましたよ」
 『議会』という制度も、『議長』という役職も、実は本島以外の人間はよく理解していなかったりする。政治に触れる機会が少ないばかりか、本島からの情報も僅かしか入ってこないのだ。いきなり理解しろ、と言われても難しいものがある。
 だからマリンは手紙で自分の役割を『神秘を持たない星読み様』として説明した。ソロイあたりに知られたら怒られそうではあるが、それが一番分かりやすい表現だと思ったのだ。勿論、それだけでは誤解を生むだろうし、議会と議長のきちんとした説明も記しておいたけれど。
「私も、まさかこんな事になるとは思いませんでした。星の娘候補として本島に行く事になった時も驚きましたけど、まさか私みたいな孤児が島のトップになるなんて……」
 改めて言葉にしてみると、何かの冗談としか思えない。自分なんて頭も良くないし、運動だって得意じゃない。出来る事と言ったら家事くらいのもので、将来の夢は『お嫁さん』だったのに。
「人生って不思議です。孤児院で暮らしていた頃の私に、『貴方は将来星読み様みたいに島を動かしていくんだよ』って言っても、絶対に信じて貰えないと思いますもん」
「そうですね。私も、きっと信じられないと思います」
 それでも、今のマリンは間違いなく『議長』なのだ。星の巡りの不可思議さを思い、マリンと神父様は暫く口を閉ざした。
「……あの、神父様」
「なんですか?」
 マリンは小さく深呼吸する。今日ここへ帰ってきた目的を果たさなければならない。これから口にする内容を思えば、マリンの手の平は無意識に握り込まれていた。
「今日はお願いがあって来たんです」
「……お願い、ですか?」
 頷けば、神父様は促すようにマリンの目を見た。
 大きく息を吸い、吐き出すと同時に声を発する。
「私達の結婚式の、立会人をして貰えませんでしょうか!?」
 ……そう、これこそがマリンが帰郷した理由。何度も何度も手紙にしたため、けれどもどうしても出す事が躊躇われた内容だった。
「………」
 神父様は反応らしい反応を示さなかった。マリンの胸に不安が渦巻く。ちらりと彼の顔を盗み見れば、そこには驚いたような表情が乗せられていた。
「……マリン」
「は、はい!」
 唐突に名を呼ばれ、マリンは背筋を正した。
「マリンは結婚するのですか?」
「はい!」
 元気に返事をしてから、ふと気付く。
「あ、あのー……もしかして私、その事を手紙に書いていなかったでしょうか?」
「はい。初耳です」
 マリンは顔から火が出そうになる。
 よくよく考えてみれば、孤児院への手紙はここ二ヶ月ほど出していなかった。何度も何度も神父様に立会人になって欲しいという手紙をしたため、結局は出す事はしなかった。立会人になって欲しいという願いを抱いたのはブルーにプロポーズされてすぐの事であるので、婚約したことを報告する手紙も出していなかったのである。
 が、マリンは今の今までその事をすっかり忘れていた。神父様が驚くのも当然である。
「ご、ご、ごめんなさーい!報告するのをすっかり忘れてました……!」
「ああ、いえ謝る必要はありませんよ。……おめでとう、相手はブルーという方ですか?」
「は、はい……」
 婚約の事実を報告するのは忘れていたが、ブルーと付き合うようになった事は以前の手紙に記していた。照れたように頷きながら認めれば、神父様はやわらかな笑みを浮かべてくれた。
「そうですか。……マリンも、もうそんな歳になったんですねぇ」
 感慨深そうに呟く神父様は、やけに老成して見えた。
 ……いや、実際に老成しているのだ。彼はもう若くはない。頭髪に目立つ白髪も、顔のあちこちに刻まれた深い皺も、その事を物語っている。マリンの記憶の中の神父様よりも、ずっとずっと年老いていた。
 自分が歳を取るという事は、周りの人間もまた歳老いていくという事。そのことを思い知らされたようで、マリンは少しだけ切なくなった。
「あの、だから……神父様に立会人をして頂きたいんです。本当はこの教会で式を挙げたかったんですけど、そうなると参列出来ない方もいるので、せめて立会人だけでも神父様に務めて頂きたいなって」
 本島から遠く離れたこの島で挙式するとなると、本島から訪れる参列者は十日以上仕事が出来なくなる。議会で働く友人が多いマリンにとって、それは避けなければならない事だった。十日以上政府の中枢部が機能しなくなるなど、前代未聞の事態なのだから。
「神父様は私の親代わりの人です。その神父様に、私達の誓いを聞き遂げて欲しいんです」
「………」
「あとですね、子供達にも参列して欲しいと思うんです。あの子達も、私の家族だから……」
 思い出す。ここで過ごした15年を。
 自分に家族が居ない事など知らぬまま育ち、己が特殊な環境に置かれている事など気付かぬままに毎日を過ごしていた。寂しいと思う暇はなかった。仲間達は皆元気で、喧嘩や言い争いも絶えなかった。大勢の食事や洗濯を片付けている間に、自然と自分の境遇を知る事になった。けれどもやはり、悲しいと思う事はなかった。ひたすらに目まぐるしく日々は過ぎていった。
 ……そして、自分には血の連なる『家族』が居ない事を思い知った日に――ブルーに出会った。
 己の人生を変えた人。……これからの人生を、共に歩いていく人。
 彼が与えてくれた運命に導かれるまで、この場所は紛れもない自分の『家』で、この場所で共に暮らした人々は、例え血の繋がりがなくとも『家族』だった。
 その『家族』に新しく出来る自分の『家族』を見て欲しかった。新たな門出を見届けて欲しかった。
「勿論旅費や宿泊費、本島に滞在する間必要になるお金は、全てこちらで負担します。ですからお願い出来ないでしょうか?」
 簡単に了承して貰えるとは思っていない。教会というものは、そこを任せられた神父様やシスターが運営するものだ。それは即ち彼らにとって教会が『庭』である事を意味している。その『庭』に自分達以外の神父やシスターがやって来て、結婚式の立会人を務めるなど、決して気分の良い事ではないだろう。
 そしてそれは、別の『庭』に赴かねばならない神父様にとっても同じ筈だ。余計な軋轢を避ける為には、断る事が一番であることをマリンは知っていた。
「喜んで務めさせて頂きます」
「え?」
 一瞬、マリンは言葉の意味が飲み込めなかった。
「立会人。……貴方達の誓いを、聞き遂げます」
「あ……」
 徐々に理解が追いついてくれば、マリンは顔を輝かせた。
「ありがとうございます、神父様!」
「お礼を言う必要はありませんよ。むしろ、私に貴方の門出を任せて下さってありがとうございます。これほど嬉しい事はありません」
「神父様……」
 マリンの胸にふわりとした温かさが広がってゆく。それは、家族がもたらしてくれるぬくもりに違いなかった。
「……マリン」
「はい?」
 優しい眼差しがマリンを包む。それは、ここで暮らしていた頃の彼女を毎日安心させていた視線だった。
 ……大好きな、神父様の視線だった。
「立派になりましたね」
 マリンは微笑を浮かべる。あの頃神父様の視線を感じた時に浮かべていたものよりも、少しだけ抑えた笑み。少しだけ大人びた笑顔を。
「……まだまだドジばっかりですけど、頑張ってます」
「……そうですか。貴方は、昔から頑張り屋さんでしたからね」
 視線を交わし、互いの目を真っ直ぐに見つめながら、マリンと神父様は言葉を交わし合う。
 親子の会話を、交わし合う。


「優しくて、僕の傍に居ようと努めてくれるマリンが好きだ。ちゅーはした。うん、マリンの料理は本当に美味しいよね。僕は、すごく幸せものだと思う。マリンじゃなきゃ嫌だ。誰よりもマリンが好きだよ」
 暫しの沈黙の後にもたらされたブルーの答えに、子供達は歓声を上げた。一旦治まったと思った興奮の度合いが上がり、声量もまた大きくなってゆく。
 彼らは矢継ぎ早に質問を投げつけてくるが、均整の取れていない声からひとつひとつを聞き取る事は難しく、ブルーは再び沈黙する。するしかなかった。
 けれど子供達がそれで満足するわけがなく、質問に答えろ答えろと腕を引っ張り服を引っ張り足を引っ張られる。その手を払う事は簡単ではあるが、子供相手にそんな事は出来ない。さてどうするかと思案するブルーの瞳に、あるものが飛び込んできた。
 ブルーを囲む輪から微妙に外れ、けれども完全に外に居るわけでもない、三人の子供。男の子がふたりに、女の子がひとり。
 彼らの顔には興奮も笑顔も浮かんでいない。眉根を寄せた暗い表情で、じっとブルーを見つめていた。
(……ああ、そうか。あの子達は……)
 ブルーの足は自然と彼らに向かって動いていた。その度子供達の輪も移動するが、気にしない。
 三人の子供は、すぐにブルーの接近に気付いた。男の子は一瞬だけ怯えたような表情を浮かべたが、すぐにブルーを睨むように目を細めた。精一杯の威嚇。女の子はそんな彼らとブルーをおろおろと交互に見つめている。
 ブルーは確信する。彼らのこの様子。マリンに聞いた話。自分と似た気持ちを抱いているであろう、彼らの、心。
「大丈夫だよ」
 そう告げれば、彼らの表情はたちまちに困惑へと塗り変えられた。
「僕は君達からマリンを取り上げるわけじゃない」
 困惑は驚きへ。感情の変化が素直に顔に出てしまう辺り、彼らはやはりマリンの家族なのだな、と思う。
「マリンは君達の事が変わらず好きだし、ずっと大切に思い続けるよ。だから僕も君達を好きになりたいと思う」
 自分はマリンと新たな家庭を築いていく。それが事実であり、変えられない事であっても、ずっと彼女と共にあった『家族』を捨て去って欲しいとは思わない。それは彼女が何より望まない事だろうし、自分もまた望んでいない。
 望むのは、より大きな『家族』になる事だ。
 マリンを大切に思う三人の子供達も、自分達を質問責めにした子供達も、その様子を遠巻きに眺めていた子供達も、今はもうこの孤児院を出て行った子供達も、神父様も。
 ……アクアという、自分の半身も。
 全員をひっくるめて家族と呼びたかった。そう呼べる関係になりたかった。
 三人の子供達は、驚きに目を見開いている。その顔がなんだかおかしくて、ブルーは微かな笑みを浮かべた。
「ブルーさん!」
 と、その時マリンが部屋へと戻ってきた。彼女の後ろには神父様と思しき初老の男性が歩いており、ブルーは小さく会釈した。
「ブルーさん、皆と仲良くなれましたか?」
「さぁ、どうだろう……」
 仲良くなれたと言えるほどの言葉は交わせなかった気がしてそう答えれば、途端に子供達が抗議の声を上げる。
「うん、仲良くなれたみたいですねっ」
「……そう?」
「はい!皆の顔を見れば分かります!」
 彼らの姉であるマリンがそう言うのならその通りなのだろうと、ブルーは納得した。
「神父様、お昼ご飯はもう済ませましたか?」
「いえ、まだですよ」
「それじゃあ、私が作っても良いですか?久しぶりに、皆に私のご飯を食べて貰いたいんです」
 その言葉に、子供達はわっと歓声を上げた。彼らの様子に目を細めながら、神父様は口を開く。
「……ええ、お願いします。この子達もそれを望んでいるようですしね」
「ありがとうございます!」
 許可が出れば、子供達は一斉にマリンに群がった。
「マリン、マリン、私も手伝って良い?」
「勿論いいですよ!助かります〜!」
「オレもオレも!マリン、オレみじん切りが出来るようになったんだぜ!」
「うわぁ、すごーい!存分にその腕を振るって下さいね!」
「マリン、僕も手伝うよ」
 ブルーもまたそう申し出れば、マリンの頬が紅潮し、その顔に浮かんでいた笑みが深まった。
「はい!ブルーさんもよろしくお願いします!」
「よーし!今日はマリンねーちゃんと一緒に料理だぜ!」
 子供のひとりがそう宣言すれば、子供達は我先にと駆け出す。
「あわわわ!危ないから走らないで下さーい!こけちゃいますよー!?」
 慌ててマリンが注意を促すが、興奮した子供達が聞いてくれる筈もない。皆構わず足を動かし続けている。
 ブルーは苦笑しながらも、傍らの子供達に向かって手を伸ばした。
「ほら、君達も行こう?」
 ……この騒ぎの中にあってなお、全く動こうとしない男の子ふたり、女の子ひとりに対して。
 彼らは戸惑うように顔を見合わせるが、ブルーは有無を言わさずにその手を取った。驚く彼らに向かって、自分に作れる最大限の笑顔を向ける。
 ……最大限の、友好的な笑顔を向ける。
 三人の子供達の緊張が、ゆっくりと、だが確実に溶けてゆく。男の子のひとりは快活な笑顔を、もうひとりは小生意気な表情を、女の子はませた笑顔を浮かべる。
 時間はかかるだろう。少しの期間で『家族』になれるなんて絶対に無理で、だからこそ、ゆっくりと絆を深めていけたら良いと思う。
(……お昼を食べ終わったら、あの場所へマリンを誘ってみようかな)
 全てに絶望していたあの頃。小さな希望を信じてみようと思ったあの日。
 マリンと出会った、あの丘へと。
(……そして、伝えるんだ)
 家族を増やしてくれて、ありがとう、と。

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