M.Q.I 18話


 運命の日は近付いてくる。刻一刻と、人生に一度の晴れ舞台がじりじりと歩いてくる。
 だというのに、当の主役達には慌てる気配が全くない。準備は全て整ってはおらず、むしろ予定よりも遅れ気味だというのに、のんびりとした空気を醸しながらゆっくりと準備に励んでいるのである。
 準備の遅れの最もたる原因は、主役ふたりを新婦の故郷に里帰りさせた事にある。これは自分が強引に押し進めたようなものだし、後悔もしていない。
 が、流石にここまで主役に焦りが見えないと不安が沸き上がってしまう。本当に間に合うのだろうか、無事に式を挙げる事が出来るのだろうか……。のたのたと準備を進めるふたりを毎日毎日目の当たりにしていれば、そんな風に思うのも致し方ないだろう。
 しかしおそらく本人達にとっては、最大限に急いで準備を進めているのだと思う。急いだ上でアレなのだ、わざとやられるよりも性質が悪いと思うのは自分だけだろうか。
 手伝いをする方としてはたまったものではない。自分と葵は大急ぎで決定すべき事を決め、手配するものを手配しているというのに、何故そこまでのんびりと構える事が出来るのか。
 主役ふたりに喝を入れた事は一度や二度ではない。なのに、彼らの姿勢が改善される気配は全くないのだ。怒ればいいのか嘆けばいいのか泣けばいいのかよく分からない。
 それでも作業を続けていればやるべき事はきちんと減っていくもので、準備すべきことも残り少なくなってきてはいた。万々歳である。
「ほら、大丈夫だったじゃないですか。ちゃんと間に合いそうですよ?」
「うん、結構楽勝だったよね」
 ……などと言われた日にはよっぽどファイヤーボールをお見舞いしてやろうかと思ったものだが、その怒りは結婚後のいびりで解消する事に決めた。
 片付けなければならない事は結婚式の準備だけではない。当然議会の仕事もこなさなければならず、運命の日が近付くにつれて目が回るような忙しさが襲いかかってくる。
 そのストレスの解消方法は三者三様で、例えばマリンならばブルーと一緒に過ごすとか、料理を作るとか、編みぐるみを作るとか、趣味の事をして気を晴らす。葵は身体を動かし訓練に励む事で気分を切り替えているらしい。運動はあまり好きではない自分にとっては逆にストレスが溜まりそうだと思うのだが、まぁ人それぞれという事なのだろう。
 そして、自分のストレス解消法は……


「ユニシス、けちゃっぷとって」
「え!?あ、ああ……ケチャップね、ケチャップ……」
 ……魔法院で、ユニシスと共に食事をする事である。
 ユニシスはアクアの言葉に一瞬だけ身体に緊張を走らせたが、すぐに言う事を聞いてくれた。差し出された瓶詰めのケチャップを受け取ると、彼は何故だか小さく息を吐いた。
 そんな様子を不機嫌そうに眺めるアクアであるが、オムライスを口に入れればすぐに幸せそうに頬を染めた。ユニシス特製のオムライスは相も変わらず美味だ。レストランで食べるオムライスも好きだけれど、一番を上げるのならばやはりこれだと思う。
(……これってやっぱり、わたしがユニシスのことを好きだからそう思うのかしら)
 だとすれば、恋愛感情とはすごいものだ。恋する相手の作ったものを美味と感じ、一緒に居るだけで心臓の鼓動が早くなる。遙か過去から『人』が抱いてきた感情。これがなければ人類は種を残す事は出来ない。
(……でも、だからわたしはどうすれば良いのかしら)
 自分はユニシスに恋をしている。それは理解出来たが、次に何をすれば良いのかさっぱり分からない。
(こくはく?だきつく?ちゅう?)
 ……どれもこれも、実行するのはなかなかに難しい気がする。というか、恥ずかしい。主に自分が。
 しかしながら他には何も思い浮かばず、アクアはむっつりと考え込んでしまう。折角自分のユニシスへの気持ちが理解出来たのに、何もする事がないなんてつまらない。何か、何かないのか、何か……
「……?」
 黙り込むアクアを、ユニシスは不審そうな目つきで見つめていた。常日頃から奇行が多いアクアであるが、こんな風に黙り込むのは珍しい。口数が少ない彼女ではあるが、自分が何かをする度に、言葉少なに、だが的確な反応を返してくるのに。
 何かあったのだろうか、とは思うものの、声をかける事はしない。何を言えば良いのか分からなかったのだ。
 アクアを好きだと自覚してからというもの、自分の態度は思いっきり不自然なものになってしまった。最近は少し落ち着いてきた気がするものの、完全に自然な振る舞いが出来るようになったわけではない。何かを口にしてしまえば、またアクアの機嫌を損ねてしまうかもしれない。それが嫌だった。また嫉妬だのやきもちを焼いているだのと誤解されるのは、絶対に避けたい。
「……?」
 ……そして、そんなアクアとユニシスをブルーが不思議そうに見つめていた。
 ユニシスが魔法院に帰ってきた頃のふたりは親しげに、じゃれ合うように喧嘩を繰り返していたのに、何故か最近では言葉を交わす事すらも少なくなってしまった。何故そうなってしまったのか、ブルーには皆目見当がつかなかった。
(……また元気に喧嘩してくれれば良いのにな)
 なんだか酷い事を考えているな、と自覚していながらも、本当に、心の底からそう思うのだ。ふたりの喧嘩をまた見たい、と。
(だって、喧嘩してる時のふたりは、すごく楽しそうだったから)
 ユニシスが大きな声でわめき立てて、涼しい顔をしたアクアが毒舌を交えたカウンターを放つ。そんなふたりは、本当に楽しそうに見えたから。……こうして黙りこくっているふたりを見ているなんて、つまらない事この上ない。
「……ねぇ、アクア」
 直接頼んでみようと声をかけてみると、アクアはすぐに視線をこちらに向けてくれた。
 ……直接頼んでみようと、思っていたのに。
「神殿を留守にして大丈夫なの?マリンが言ってたけど、今はすごく忙しい時期なんだろう?」
 ブルーの口からは、違う言葉が飛び出していた。
(……流石に、喧嘩をしてくれ、なんて頼むのは失礼だよね)
 マリンやその他大勢の教育の賜物だろうか。ブルーにも常識というものが徐々に身についてきたようだった。
「……いそがしいわよ。でも、息抜きくらいはひつようでしょう?」
「魔法院で食事を摂るのが息抜きなの?」
「ええ」
 スプーンをくわえながら、アクアは頷いた。
「ユニシスのオムライスは、せかいいいちだし」
「え!?」
 ユニシスが弾かれたように顔を上げれば、アクアとブルーの視線は自然とユニシスに集う。
 途端、エメラルドの色を宿した瞳は宙を泳ぎはじめた。なんとも分かりやすすぎる狼狽え方である。
「お、大袈裟すぎるだろ。世界一だなんて、そんなわけあるか」
「あるもん。わたし、ユニシスのつくってくれたオムライスが、世界でいちばん好きだよ」
 ユニシスの頬が一気に朱に染まる。これまた分かりやすすぎる動揺の仕方である。
「……だから、大袈裟すぎるって」
「あ、ユニシスよろこんでる?」
「よ……っ」
 不自然に途切れるユニシスの声。限界まで眉を吊り上げ、口はへの字に曲げ、精一杯に怒りの表情を作ってはいるが、真っ赤に染まった頬が全てを台無しにしている。照れ隠しに怒っているようにしか見えないのだ。
 このまま『そんなわけないだろ!』とか『どうしてそういう解釈をするんだよ!』とか怒鳴られるのだろうなぁ、とアクアは思ったが、しかし意外にもユニシスは小さな声で言葉を返してきた。
「……喜んじゃ、悪いかよ」
 今度はアクアが驚く番だった。まさかこんな返しをされるとは思っていなかったのに。意地っ張りなユニシスが、素直に認めてくれるなんて予想外にもほどがある。
 ……自分の言葉で、ユニシスが喜んでくれた。それはとてもとても嬉しい事で、喜ばしい事で。
「わるいわけ、ないじゃない」
 だからアクアはそう言った。
「ユニシスに喜んでもらえたなら、わたしもうれしいし」
「な、なんだよそれ……」
「ことばどおりの意味よ」
 意識して口角を上げる。目元をゆるめる。表情を変えるのはあまり得意ではないけれど、ユニシスに自分がどれだけ喜んでいるのか、伝えたかった。
(……ユニシスもわらってくれたらいいのにな)
 そうすれば、自分はもっともっと幸せな気持ちになるのに。
 けれどユニシスはこちらから視線を外し、顔を真っ赤にさせただけだった。これはこれで面白いが、やはりつまらないと思ってしまう。
(わたしもぜいたくねー……)
 だが、それが自分というものなのだ。いつだって己の欲望を追求し、いかに面白おかしく暮らせるのか考えてきた。楽しくない人生なんて意味がなく、だからユニシスにも笑って欲しいと願う。
(わたしをしあわせにしてほしい)
 ……ユニシスを、幸せにしたい。
 しかしながらその為に何をすれば良いのかは、やはりさっぱり分からないままで、悶々と考え込む事しか出来ないわけで。
「そ、そういやさ、結婚式の準備って順調なのか?」
 またもや考え込むアクアの隙を突くように、ユニシスが問いかける。その相手はアクアではなくブルーだったので、アクアの中からは先ほどまでの喜びも嬉しさも綺麗さっぱり消えてしまう。話を変えたいのが見え見えだ。なんてつまらないのだろう。
「うん、順調だよ。マリンのドレスも、もうすぐ完成するって」
「へぇ〜。あいつのドレス姿って、いまいち想像出来ないよな。葵やアクアよりは想像しやすい気がするけど、やっぱり難しいや」
「……そう?」
「……マリンよりそうぞうしにくくて悪かったわね。ふん」
 好きな相手にそんな事を言われるなんて、つまらないにもほどがある。マリンならば大袈裟に嘆いているところであろうが、自分の場合は拗ねる事しか出来ない。というか、むしろ腹を立たせる事しか出来ないというか。
 途端、ユニシスは焦った顔で口を開いたが、そこから言葉が出てくる事はなかった。
(……なによ。言いたい事があるならはっきり言えばいいのに)
 自分達は、いつだってそうしてコミュニケーションを取ってきたのに。全力で言いたい事を言い、時には手も足も出して、自分達の気持ちをぶつけてきたのに。
 今更何を遠慮する事があるのか。自分達はもう子供ではないが、それでも、自分達に出来るコミュニケーションなんて、他には存在しないだろうに。
 ……と、そこでアクアはある事を思い出した。
(……結婚式)
 晴れの舞台の日に向けて、ユニシスに伝えておかなければならない事があったではないか。
「ユニシス」
「な、なんだよっ」
 呼びかければ、彼は身体に緊張を走らせた。最近ではお馴染みの反応。お馴染みすぎてつまらない。
「あなた、礼服はよういしてるの?」
「………」
 尋ねればユニシスは黙り込んでしまう。その頬に流れる、一筋の汗。それを目ざとく見つけたアクアは、瞳を細める。
「よういしてないのね?」
「う……」
「そう」
 予想していた事だ。アクアは大して驚きもしなかったが、しかしユニシスの方は追い詰められた者の顔をしていた。そんな顔をするくらいなら、最初から用意しておけば良かったのに。
「……ユニシス、もしかして結婚式に来てくれないの?」
「な……っ、なんでそうなるんだよ!?」
 不安げにブルーが問えば、ユニシスは半ば怒鳴りつけるような大声を上げた。ブルーは何も悪い事なんてしていないのに、理不尽な反応だ。こういう所は昔と変わっていないな、とアクアは思う。
「礼服を用意してないって事は、そういうことじゃないの?」
「ちげーよ!」
「じゃあ、どうして用意していないの?」
「そ、それは……っ」
 答えに窮するように言葉に詰まるユニシスを見ながら、アクアはブルーの気性をつくづく有り難く思っていた。
 ブルーはとにかく素直なので、ただ純粋な好奇心から湧き出る疑問を相手にぶつける事をいとわない。その上相手が怒りや不快感を態度に出しても、構わず質問を続けることが出来るのである。
(……ま、ようするに、すごくどんかんって事なんだけど)
 時には取り返しがつかなくなるほど相手を怒らせてしまう事もあるので、一概にこの気性を褒めることは出来ない。けれど、ユニシスのように怒りっぽく、けれど根っこの部分ではお人好しの人間の相手をさせるにはうってつけだ。相手に悪意がなければ、ユニシスのようなタイプはあまり強くは出られないのだから。
「……がない」
「え?なに?」
 小さな声は聞き取り辛く、ブルーもアクアも眉根を寄せた。ユニシスは大きく息を吸い込み、言う。
「金がないんだよっ!!」
 ……そして元神の兄妹、或いは姉弟は呆気に取られた。青と紫の瞳が見つめるは、かつて彼らの側に居た少女と同じ色を持つ青年の姿だ。どこまでも美しく清らかな容姿を持つ彼の顔は、りんごのように赤く染まっている。
「……お金?」
「そうだよ金だよっ!アロランディアに戻ってくる為に全部使い切っちゃったし、魔法院の仕事をこなしても給料出ないし!」
「……あ」
 その言葉に、アクアはある事に思い至った。
 ……ユニシスに、一度も給料を出した覚えがない事に。
 現在の魔法院の長は、言うまでもなくアクアである。故に院に所属する魔導士達に給料を与えるのも彼女の役目なのだ。
 給料といっても固定給ではなく、完全なる歩合制だ。神殿や騎士院から与えられた仕事を、院長たるアクアが適格と思われる魔導士に割り振る。その仕事の出来具合によって神殿や騎士院から謝礼が出るので、それが担当した魔導士の給料となる。ただし、何割かは魔法院の運営資金として頂戴しているのだが。
 勿論この事は全ての魔導士が知っており、それを嫌う者は全く違う方法で日々の糧を得ていたりする。例えばお手製の魔法薬を売り捌いたり、魔法を利用した大道芸を披露したり。
 少し話が逸れたが、最近のアクアはそういった仕事を一切してこなかった。当然だ。院長の仕事は、全てユニシスに任せていたのだから。
「……はたらいたぶんだけ、勝手にもらっておけばよかったのに」
 ユニシスに……いや、全ての魔導士に給料を支払った覚えがないという事は、それもまたユニシスが片付けてくれていたのだろう。つまり彼は院の金に自由に手をつけられる立場に居たという事になるわけで、ならばそこから礼服を買う分だけ拝借すれば良かったのではないか。
 が、ユニシスは牙を剥いた。
「馬鹿っ!んな事出来るわけないだろ!?」
「どうして?はたらいたぶんに相応しいおかねをもらうのは、とうぜんの事だわ」
「そうかもしんないけど、なんか泥棒みたいいで嫌なんだよ!」
 きちんと働いているのなら給料泥棒にはならないだろうに、ユニシスはそう主張する。必死な顔を見ていれば、彼が心の底からそう思っている事が理解出来た。
「……ユニシス、あいかわらず真面目ね……」
「お前が不真面目すぎるだけだっ!!」
(……あら、いうじゃない)
 アクアは顔を俯かせ、ひっそりと唇の端を上げた。何がきっかけでスイッチが入ったのか知らないが、ユニシスの調子が戻ってきている。つまらないユニシスではなくて、言葉をぶつけ合うに足る、楽しいユニシスが帰ってきた。
「……わかったわ。ユニシスにはあとで今までのぶんのおきゅうりょうを出してあげる」
「え、マジで?」
「うん。そしたらいっしょにれいふくを買いにいこう?」
「は!?」
 ユニシスの瞳が限界まで見開かれる。こんな顔まで素敵だな、と思ってしまうなんて、恋愛感情というものはやはりすごいと思う。
「な、な、なんでそういう事になるんだよ!?礼服くらい自分で買いに行くって!」
「でもユニシス、そういうふくを売ってるおみせ、しってるの?」
「そ、それは……っ」
 断言しよう。ユニシスは絶対に知らない。言葉に詰まる彼の様子を見て、アクアは確信した。
 ユニシスは三年の間アロランディアを離れていたし、その間に町の様子は様変わりした。彼は帰ってきてからずっと魔法院の為に働きづめだったし、礼服を売っている店を知る機会などなかった筈だ。そんなもの、彼には必要のないものなのだから。
 勿論三年以上前から経営を続けている店もあるにはあるのだが、三年以上前のユニシスは、今以上に礼服とは縁遠い存在だった。やはりこちらも知ってはいないだろう。
「しらないおみせに行けるわけがないでしょう?だから、わたしが一緒にいってあげる。ついでにあなたにぴったりの礼服をえらんであげるわ」
「だ、だからいいって!店の場所さえ教えてくれれば、ひとりで行ってくるからさ!」
「やだ」
「はあああああ!?」
 こんな風に言葉を重ねるのも随分久しぶりに思えて、アクアはにっこりと微笑んだ。
「だって、ユニシスひとりで行かせるなんて、つまらないじゃない」


 ……というわけで。
「あらあらあら、綺麗な髪ね〜!こんなべっぺんさん初めて見たわ!」
「こらこらお前、この方は曲がりなりにも立派な男なのだから、べっぴんなんて言葉使うんじゃないよ」
 嫌がるユニシスを無理矢理に引っ張り、アクアは仕立て屋を訪れていた。
 ここは夫婦で経営している小さな店舗だが、安い割には高品質の服を仕立ててくれる。アクアやマリンが仕事用のドレスを仕立てたのもここであるし、何を隠そうマリンのウェディングドレスを仕立ててくれているのもここだったりする。
「ウェディングドレスのしたてはじゅんちょう?」
「ええ、ええ!娘達が頑張ってくれてるおかげで、予定より早く仕上がりそうですよ!もう少しだけお待ち下さい……ね!」
「うえっ」
 奥さんがユニシスの腰に巻いたメジャーを一気に締め付けると、彼は踏まれたカエルのような声を出した。
「ちょっ、ちょっと……苦し……っ」
 息も絶え絶えに苦痛を訴えるも、夫妻はにこにことした笑みを崩さない。
「ほらほら、我慢しなさいな。女の子はもーっと苦しい思いをしてドレスを着るんだから、このくらいで根を上げるんじゃないの!」
「お、俺……女じゃない……し……!?」
 再びの締め付けに、ユニシスは声にならない悲鳴を上げる。顔色は真っ青に染まっており、彼の苦痛のほどをこれでもかと言わんばかりに物語っていた。
「最近はタイトなデザインが人気だからねぇ。君は全体的に細いし、肉つきの良い人よりは楽な着こなしが出来るんじゃないかな!少なくとも、私よりはよっぽどね!」
 そう告げる旦那さんの服は、なるほどタイトもタイト。溢れる肉をパンパンに詰め込み、今にもボタンが弾け飛びそうな様相を呈していた。いつの時代もお洒落というものは忍耐と隣り合わせなのだなぁ、とアクアはぼんやりと思う。
「あのね、今からだとよさんもじかんも足りないから、ユニシスのふくはオーダーメイドじゃなくていいの。もしもサイズがあいそうな礼服があまっていれば、それを買うわ」
「ええ、ええ。こちらとしても今は議長のウェディングドレスに全力を注ぎたいですからね!そうして頂けると助かります!大丈夫、この分だと彼にぴったりの礼服を渡せると思います……わ!」
「……っ」
 もはやユニシスは言葉もなかった。しかし青を通り越して白くなってしまった彼の顔を目にしても、アクアには同情の気持ちなど全く湧き上がってこなかった。
(……わたしやマリンのときは、もっとくるしかったしねー……)
 女性の場合はとにかく細く見せる為、色んな部分を詰めて詰めて詰めまくる。その最たる箇所が腰であり、自身のサイズよりも下のコルセットを無理矢理に装着させられるのだ。ユニシスが今受けている苦痛がどれほどのものかは知らないが、あの時の苦しさの比ではあるまいと、アクアは断じていた。
(……というか、葵の時はもっとすごかったし)
 思い出す。暫く前、マリンとブルーが里帰りしていた頃、自分は彼女を殆ど無理矢理にこの場所に連れてきたのだ。採寸をした時の彼女の悲痛な叫びが、今もこの耳に残っている。
(けっきょく、葵にあうサイズのドレスはなかったんだけど……)
 葵という顔立ちもスタイルも整った女性に創作意欲が刺激されたのか、是非ともオーダーメイドでドレスを作らせて欲しいと懇願されてしまった。ウェディングドレスの作成に支障が出る気がして流石に断ろうとしたのだが、彼らは頑として譲らなかった。どちらも期日までに必ず仕上げてみせる、と。
 その熱意に負け、結局葵のドレスもこの店でオーダーする事になった(因みにそこに葵自身の意志は一切含まれていない)。だからこそ、ユニシスには出来合いのものを購入して貰うのだが。
「しっかし院長にこーんな綺麗な彼氏が居たなんて驚きだねぇ。うん、美男美女でお似合いだよ!」
「え……」
 ぴちぴちの服にそっくりなぴちぴちの笑顔を浮かべる旦那さんに、アクアは瞳を瞬かせる。
「そうそう、もう院長ったらこんなにべっぴんさんなのに浮いた話のひとつもないんだから、私達は心配してたんですよ!若い子はどんどん恋をしなきゃ!惚れた腫れたが一番の成長の糧なんだから!どんどん付き合ってどんどん失恋しなさいな!」
「これお前、付き合ってるふたりに失恋なんて言うもんじゃないよ。縁起が悪い」
「あらあら、それもそうねおほほほほ!」
「あはははは!」
「え、あの……ちょっと……?」
 ……どうもこの夫妻は妙な勘違いをしているようである。その内容はアクアにとっては嬉しい気もしたが、しかし勘違いさせたままでおくのは良くないだろう。この夫妻はお喋りが大好きだし、人脈だって広い。放っておけば瞬く間に事実とは違う噂話が広がってしまうと思われた。
「お、お、俺達は別に、付き合って……っ!?」
 ユニシスもまた焦った様子で訂正の言葉を口にしかけるも、奥さんに容赦なく腰を締め付けられてしまう。
「はいはい無駄話をしてる暇があったらお腹をへこます!」
「まぁでも君はへこます必要もないくらいに痩せてるからなぁ。羨ましい限りだよ!」
「いやあの……だからあ!」
 ユニシスは果敢にも再度声を上げたが、結果は先ほどと全く同じで。
(……これはいまは何をいってもムダにおわりそうね……)
 せめて採寸が終わってからでないと、この夫婦は何も聞いてはくれないだろう。その事を悟ったアクアは、小さくため息を吐いた。
(……でも)
 ……ため息が出てきた口が、微かに上向く。
(……おにあいって言ってもらえた)
 何も知らない第三者から見れば、自分とユニシスはそういう風に見えるのだ。美男美女の、お似合いのカップルであると。
 その事実がやはり嬉しいと思う。友達とか兄弟とか、そんな風に見られるよりもずっと良い。
 ……ずっとずっと、勇気を貰えた気がしたから。
 アクアは笑う。夫妻はユニシスの採寸で忙しく、そのユニシスは痛みに耐えるのに必死で、その笑顔を見る者など誰もいなくても、それでも笑っていた。
 ユニシスの悲鳴が響く、その中で。

もどろ 帰ろ 進も